第二話

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第二話

会場の入り口には、関係者や友人から送られた花束が並べられていた。御祝と赤字で書かれた立札の宛名には、僕の名前と一緒に妻である美咲の名前が添えられているものもいくつかある。宣伝用のポストカードを見た人たちが、気遣って彼女の名を連ねてくれたのだろう。  初日は次々と知り合いが足を運んでくれたおかげで、ひたすら挨拶を重ねることで過ぎていった。知人や同業者と話していると、少し離れたところから視線を感じることも多々あった。知り合いではない。恐らく、僕の写真のテイストが好きだったり、写真集を買ってくれている人たちだろう。なんとなくでも、話しかけたそうにしているのが伝わってくる。こんな時、僕が本当に話がしたいのは関係者でも同業者でもなく、彼らのような、本当の意味で作品を見にきてくれている一般のひとたちだ。僕は知人の話を上手く切り上げ、ふらっと彼らのそばに寄ってみる。  「あの、はじめまして。僕、3年前の写真展で初めて市川さんの写真を知ってからずっと好きで。今日を楽しみにしてました」  20代と思われる青年は、代表作のうちの一つ、ポストカードに使われている写真の大型パネルを前にして続けた。  「この写真、ただこうして見ているだけなのに、柔らかく吹く風すら感じられるんです。不思議ですけど、この女性が感じているものがそのまま伝わってくる気がします」  彼らは臆せずこの写真を見つめ、思ったことを素直に伝えてくれる。そこには、僕への躊躇を含んだ気遣いや、腫れ物に触るときのような手探り感は一切ない。それだけで、僕は救われる。  そのまま会場内を一巡してみる。写真を眺める人々の顔を一人ずつ確認していく。昨日出会った名前すら知らない彼女を探している自分がいた。来てくれたからと言って特別何か話があるわけでもない。気分が変わり、行くのをやめたかもしれない。そうやって通り過ぎるだけの人はいくらでもいた。僕自身だってそうしてきた。人とは、出会いとは、結局のところそんなものなのだ。そんな感じで僕は最初の長い3日間を過ごした。
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