薬茶と夏風

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 今晩の薬は、蜂蜜入りのイヌバラ茶であった。イヌバラはローマでは恐水症に効くとされる薬草で、疲労回復にもよいという。蜂蜜を入れると酸味が減って飲みやすくなる上、風邪への効果も高くなる、 「エオファ。今日は迷惑掛けたな」  アンブロシウスは寝台に横たわって言う。  一度は悪化した体調は、夜にはすっかり改善していた。 「アンブロシウスさまは真面目なんですから」  人のことを言える身ではないとアンブロシウスは思ったが、今回だけは口に出さなかった。エオファは夫の隣に倒れ、身を寄せる。芳しい薬草の匂いが強くなった。 「ケント王国との休戦協定は、多分長く続かないでしょう」  エオファはか細い声で呟いた。  ブリタニア軍は長年、東から迫るゲルマン人と戦っていた。初めは連戦連敗であったところに幾度も勝利を齎した者が、現在の総司令官たるアンブロシウスである。  そして昨年になってようやく休戦協定が締結され、ジュート人首長ヘンギストを王とするケント王国が建国。ゲルマン人の居住地となったことで、ブリタニアに泡沫の、不完全な平穏が訪れた。 「貴方と健やかに過ごせるときが、一日でも多く欲しいのです。わたしは妻としてはもちろん、薬師として貴方のそばに」  腕の中で僅かに妻の嗚咽を聞いた。アンブロシウスは強く彼女を抱いて、そのまま目を閉じ眠りに就く。  妻による療養が奏功し、翌る朝には病は全て去っていた。
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