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第1話「告白ドッキリ」
1st round
7月4日(金)
「……突然、ごめん。オレ、ずっと、如月の事が……」
同じクラスの如月を前に、オレは今、人生初の告白をしようとしている……どうしてこんな事になってしまったのか?
きっかけは昨日の出来事に遡る――
***
7月3日(木)
「うげっ!」
「ハハ! はい、斗哉の負け!」
「じゃ、罰ゲームな! このカード二枚捲って!」
「クッソ!」
斗哉は舌打ちしながら、渋々カードを捲る。
「……何だよこれ⁉︎ 誰だよ、こんなの書いた奴‼︎」
「どーれ? 何々? 一枚目が『クラスの女子に告白する』で、二枚目が『キスをする』……うわっ、これ書いたの将暉だろ?」
「すげーピッタリなのが、揃ったじゃん? 俺に感謝しろよ!」
「ふざけんな!」
「おいおい、勝ち逃げすんのかよ? 今まで負けた俺らを、散々コキ使ってただろ⁉︎ 逃げるなんて許さねーぞ! ……斗哉、クラスに好きな奴とかいねーの?」
「そんなんいねーよ! みんなガキじゃん!」
「お前が言うなよ。ウケるわ! じゃあさ、誰に告るかクジで、決めようぜ。」
カードの内容を書いた将暉は、意気揚々と紙にアミダ線を書き、適当にクラスの女子の主席番号を書いていく。
「ほら、選べよ、早く!」
「ううう、クッソ!」
斗哉は、乱暴かつ適当にある線の頭に丸を付けた。
友人らが可笑そうに、その丸から線をなぞって行く。斗哉はあーあと、面白くなさそうに頭を掻いた。
――その線の先には
『23』と書いてあった。
「23番って誰だ?」
「えーと……如月だな」
「……如月? 如月ってどんな奴だっけ?」
斗哉は「如月」を思い浮かべようとしたが、全くピンと来なかった。
「あの、眼鏡掛けた、癖毛の……地味で暗そうな奴だよな?」
「あー、あいつか……空気過ぎて、話した事もねーわ」
「男に免疫なさそーだから、告ったら、めっちゃ慌てそう! 想像しただけで、ウケるわ!」
「コロッと騙されそう! そのままやらせてくれるかもよ?」
「やだよ。あんなのとしたくねーし!」
「おいコラ、逃げんのか! フリでいいんだって。何も本当に付き合えって言ってないだろ? 俺らを楽しませろよ!」
「無理やりキスしようとして、ぶん殴られる斗哉が見られるかもしれないのは、楽しみだな」
「それじゃ一瞬で、終わってつまらねーよ! ……こーゆーのはどうよ?」
次々と浮かんでくる友人らの悪巧みを、斗哉は他人事の様に横で聞いていた。
敗者に何も主張する権利はないのだ。それに、如月がどんな反応を見せて笑わせてくれるのか、面白そうだとも思っていた。
***
そして、その友人らのとの悪巧みの次の日、体育館裏で「告白ドッキリ」が決行される事になった。
如月は唖然と斗哉を見ていた。まさにそれは、豆鉄砲を喰らったような顔だった。
「……え?」
「いや、だから、オレ、如月の事が好きなんだ」
自慢じゃないが、自分から告白した事はないが、相手から告白された事は何度かある。
自分も告白された時、こんな間抜けな顔をしていたのかと思うと、正直笑える。
如月は俯いて、モジモジしながら呟いた。
「……や、八神君と話した事、ないよね? わ、私なんかの、何処が好きなの?」
想定内の返しだった。後一押しすれば、簡単に落ちるなと斗哉は思った。
「可愛いところ」
ニコッと営業スマイルで答えてやった。どこかで覗き見してる、友人らが笑いを堪える姿が想像できる。
「え⁉︎ ……あ、あの、でも、私、八神君の事よく知らないし……えっと……」
告白ドッキリを仕掛ける前に、もうワンアクション何か起こしてからの方が、説得力があったなと思ったが、そこも想定内だった。
「それじゃあさ、とりあえずオレの事をよく知ってもらう為に、二人でどこか出かけない?」
「え⁉︎」
如月は面白いくらいに動揺して、口をパクパクさせている。もうここでネタバラシをしても充分な面白さだか、もう一枚のカードを切られた時の慌てようも、見てみたいと斗哉は思った。想像しただけで、笑いが込み上げてくる。
「来週、隣町でお祭りあるの知ってる? 一緒に行かない?」
これは友人らが持ってきた情報だ。これも計画のうちだった。
「えっと……」
モジモジしながら如月は俯いたままだ。内向的で、ハッキリ物事を決められない性格なのだろう。面倒臭い奴だ。仕方ない、もう一押し……
「……ダメ?」
こう言う時は下手に出た方が良いのだ。甘えるように接すると、女子は母性本能をくすぐられ、断れなくなる。
如月は真っ赤になった顔を控えめに上げて、斗哉を見つめてはすぐに目を逸らした。
「……わ、分かった。……いいよ」
ほらね。楽勝だわ。
斗哉はニヤリと薄く微笑んだ。
***
お祭りデートに行く前に、斗哉は如月の事を観察する事にした。
フルネーム『如月心乃香』
まあまあ可愛らしい名前なのに、見た目とはアンバランスな気がする。出席番号23番。背は高くもなく低くもない。よく言えば華奢だが、なんて言うか細すぎて、そそられない。女子はもっとふっくらしていた方が好みだ。
いつも眼鏡を掛けており、癖毛で毛量が凄い。よく言えばゆるふわ系の髪なのかもしれない。視力が相当悪いのか、授業中、目を細めるように黒板を睨んでる時がある。
勉強はそこそこ出来るっぽいが、運動神経は良くないようだ。バスケの授業中、顔面でボールを受けていて、あまりの鈍臭ささに吹き出しそうになった。
委員会は図書委員で、文芸部に所属。本の虫って奴? クラスでも目立たない存在で、友人も少なさそうな典型的な陰キャだ。
授業中じっと如月の事を眺めていたら、ふっと彼女と目があった。慌てて如月は真っ赤になって俯いた。
ちょっと、男に告られただけでこの態度……ウブと言うか、男には全く免疫無さそうだ。
今まで自分の周りにいなかったタイプ。別の世界の人間の様に感じた。同じ人間と思えなかった。正直見下していた。
自分より「ランクの低い人間」……だから、何をしても許される……斗哉は無意識にそう思っていた。
***
ある放課後、大きな段ボールを抱え、フラフラしてる如月を見かけた。点数を稼ぐチャンスだと思った。如月をその気にさせた方が、ネタバラシをした時、絶対面白い。
「如月、大丈夫? 手伝うよ」
「え⁉︎ あ、八神君⁉︎ わわっ!」
突然声を掛けられて、如月は荷物を持ったまま、バランスを崩して倒れ込みそうになった。
本当に鈍臭いなと、斗哉は咄嗟に如月の体を支えた。不意に、如月の体を背後から抱え込む様になってしまった。ワザとじゃない。思ってたより、ずっと柔らかくて、女子の体だと思った。
あんまりベタベタすると警戒されると、慌てて体を離す。
「あ、ありがとう」と如月は、腕に抱えた荷物を落とさない様に抱え込んでいた。警戒はされなかったらしい。抜けていると言うか、経験が無さすぎて、男に対する警戒心があまりないのかもしれない。
斗哉は「手伝うよ」と、如月の手荷物を持ち上げた。あまりの重さにビックリした。如月は「重いからいいよ、悪いよ」と慌て出したが、ここで引き下がっては、点数稼ぎが台無しだ。男の沽券にも関わる。それに情けない奴と思われたくない。
如月は「ごめんね、助かるよ」と申し訳なさそうに、何度も斗哉に頭を下げてきた。騙されてるとも知らないで、律儀な奴だと思った。
それと同時に、少し困った様に微笑んで、隣をちょこちょこ歩いて着いてくるそんな如月を、斗哉は哀れだなと感じ始めていた。
***
荷物を図書室に運び終わり、斗哉がふうっと一息着いてた頃、如月が図書準備室から急いで出てきた。
「これ、お礼。良かったら飲んで」と如月は、お茶のペットボトルを斗哉に差し出した。そんなつもりじゃなかった。ただ荷物を運んでやっただけだ。こいつ本当に律儀だなと、斗哉はちょっと関心してしまった。今まで、周りの人間でこんな気遣いをしてくる奴はいなかった。
なんだか少しくすぐったい。何なんだこいつ……。頭では素直に受け取った方が、好感度が上がると分かっていたのに、何故か斗哉は、素直にそれを受け取れなかった。
「あ、お茶嫌いだった?」と如月は申し訳無さそうに俯いて、ペットボトルを引っ込めようとした。斗哉はそれをどうしてか見ていられなくなり、慌ててそのままペットボトルを掴んだ。
「いや、嫌いじゃないよ。ありがとう」
斗哉がそうお礼を言うと、如月は柔らかく微笑んだ。斗哉はその初めて見る如月の表情に、何故だかドキッとした。
次の瞬間、ハッと斗哉は我に返った。今がチャンスとすかさず言葉を続ける。
「如月、今日一緒に帰らない?」
「……え? でも、これから委員会の仕事あるから」
「待ってるよ」
「いや、悪いよ。時間かかると思うし。……それにうち遠いし……」
「それなら尚の事送るよ。待ってる」
「……」
考え込む如月を、斗哉はじっと見つめる。自分と帰るのが本当に嫌なのか、体のいい断り文句なのか、見極める為に。いや、もう一押し……
「……やっぱ、迷惑? オレと帰るのイヤかな?」
「え? ……その……」
ここで断られるなら、本当に迷惑だと思われてる。でも――
「分かった。多分一時間くらいで終わるから、待っててくれると……嬉しい」
その「嬉しい」の一言で斗哉は確信した。もう如月は、オレの事が好きだ。
***
斗哉は教室で外を眺めながら、如月を待っていた。誰かを待つと言うのは、久しぶりな気がした。グラウンドで運動部が、何やら一生懸命に青春している。斗哉は冷めた目で、それを見つめていた。
***
「……八神君、八神君!」
その声に斗哉は、慌てて覚醒した。如月が心配そうに、顔を覗き込んで来る。……ち、近い!
どうやらグラウンドを眺めながら、その内机に突っ伏して寝てしまっていたらしい。
「ごめん、お待たせ。帰ろっか? ……ふふっ」
如月が柔らかく微笑む。何? と斗哉は思ったが、如月は頬を指先でトントンと指摘する。「跡付いてるよ」と可愛らしく笑った。斗哉は恥ずかしさとプライドが同時に去来して、ううっと腕で顔を覆った。
***
「げっ……雨! さっきまで降ってなかったのに……」
斗哉は昇降口の扉越しに外を眺めて、嫌そうに呟いた。
「今日夕方から降水確率50%だったよ」
如月はそう言うと、鞄から折り畳み傘を取り出した。
「……一緒に入っていく?」
そう如月は上目遣いで聞いてくる。こんな奴だったか? と斗哉は一瞬たじろいだ。どうも如月といると、ペースが乱される。嵌めてるのはこっちだ。調子に乗るなよと思いながら、斗哉は演じる様に「うん。助かるよ」と柔らかく返した。
***
外は大分薄暗くなってきていた。雨のせいか、外練の運動部の連中も、早めに練習を引き上げており、生徒の数も疎だった。
如月が持ってきていた、小さめの折り畳み傘に、二人で入りながら歩く。雨が当たらない様にすると、自然と肩が触れる。柔らかく温かい如月の体温を感じて、斗哉はドギマギした。
(何で、如月相手にこんな……)
斗哉は、その奥底から湧き上がってくる謎の感情を、必死で押さえ込もうとした。振り切る様に、斗哉は如月に話しかけた。
「如月んちって、どこら辺なの?」
「駅向こうだよ」
「如月って、本好きなの?」
「え?」
「いやだって、図書委員で文芸部って……」
「良く知ってるね?」
「そりゃ……」
そう答えながら、ふっと如月の方を見ると、彼女とバチっと目があった。何故だか彼女の目を見ていると、吸い込まれそうな感覚に陥った。
息が掛かる距離に彼女の顔がある。このままもう少し距離を詰めたら、キス出来そう……
そう感じて斗哉は我に返った。何考えてるんだ、自分は――
彼女はふっと視線を逸らした。
「ここでいいよ。ありがとう。ここからバスだから、その傘貸してあげる」
「え?」
ちょうどバスがやって来た。彼女はバスのステップに飛び乗ると、ドアが閉まる前に「お祭りの日は晴れるといいね」と柔らかく囁いた。
彼女を乗せたバスを見守りながら、斗哉は雷にでも打たれた様に、立ち尽くしていた。
***
自宅に帰宅した斗哉は、自室でベッドの上に制服のまま突っ伏していた。
(やばい……このままじゃ、オレ……)
ミイラ取りがミイラになる。
斗哉は落ち着けと、自分を律する様に深呼吸した。これはドッキリなんだ。
普段自分の周りにいないタイプなので、混乱しているだけだ。大体あんな地味な女、全然タイプじゃない。
それにもし、本当に如月の事を好きになってしまったら、あいつらにどれだけ揶揄われるかとゾッとした。
斗哉はそれを思うと、大分冷静になって来た。どうかしていた。ドッキリだったと告白された時の、如月の事を思い浮かべて、モヤモヤした気持ちを吹き飛ばそうとした。
ただ斗哉は、ほんの少しだけ心の奥が、チクリとした気がしていた。
***
斗哉はその次の日から、何故だか如月の事が直視出来なくなっていた。
この気持ちが何なのか、分からないまま、祭りの当日を迎える事になってしまった。
***
7月13日(日)
祭りの当日は見事に晴れて、待ち合わせの駅前は沢山の人々で賑わっていた。皆浮かれている……いや、本来祭りというものはそういうものなのかも知れない。そんな風に通り過ぎる人々を、斗哉はボーと眺めていた。
本当は今日ここに来るか迷っていた。ドッキリだと何度自分に言い聞かせても、拭えない何かがある。始めは、単なる罰ゲームで、お遊びのつもりだったのだ。軽く「笑える」だろうと気軽に始めた事だ。
でも――
これ以上、如月に関わってはいけない気がする。色んな意味で。
やっぱり帰ろうかと思った時、後ろから呼び止められた。
「八神君、お待たせ」
そこには、いつもと違う如月が立っていた。
(……え? 浴衣⁉︎)
普段の膨張した癖毛の髪を丁寧に結い上げ、可愛らしく鮮やかな飾りを刺して、薄水色の爽やかな浴衣に身を包んでいる。
眼鏡をしていないせいか、いつもより目が大きく見える。その瞳で、斗哉の顔を覗き込んで来る。
(か……可愛い……)
きっと、自分の為にわざわざ浴衣まで着て、こんなに可愛くして来てくれたのだと思うと、胸が詰まりそうになった。
(今から、オレ、こいつにドッキリだったって告白……するのか?)
斗哉は罪悪感で、胸が押し潰されそうになった。
ここは、絶対浴衣姿を褒めるべき……分かっているのに、斗哉は言葉が出なかった。
言葉にしたら、自分が思っている事が嘘になる気がした。それがどうしても嫌だった。
***
(こんな事ならあの告った日、さっさとドッキリだって告白しておけばよかった……)
隣を歩く如月は「凄い人だね」と少し祭りの気に当てられた様に、上ずって笑っていた。表情がいつもより明るい気がする。
陰キャなんて思えない程に。普通に可愛い女の子だ。
不意に如月がふらつく。元々鈍臭いのに、下駄を履いているせいで、足元がおぼつかないんだろう。斗哉が腕を掴んで支えてやると「ごめん、歩き慣れなくって」と、ハハハと如月はすまなそうに笑った。
斗哉はその笑顔に堪らず、如月の手を握ってしまった。
「あ……いや、危ないからさ」
手を握られた如月はギョッとしていたが、暫くして、斗哉の手を握り返して来た。
(……⁉︎)
ヤバイ……ドキドキしてきた。
手を繋いだまま、神社内の参道に向かう。道の周りには沢山の屋台が出ており、華やかで、いい匂いがして、隣に彼女の温もりを感じて夢心地だった。
(……オレ……本当に、如月の事……)
売店には凄い人で中々近寄れず、流される様に本堂の参道前の開けた所に出た。ここはまだ人混みがマシで、神社関係者が何やら呼び込みをしている。神社なのに俗っぽいなと思ったが、その呼び込みに釣られて、ペアの御守りを買わされる羽目になった。
海が近いからか、その御守りは小さな貝と鈴が付いており、二つ合わせると二枚貝になるらしく、一つとして同じものはらないらしい。
如月は物珍しそうに、真剣にその片方の自分の分を見つめていた。気に入ってくれたのかな? と斗哉はこういうものを持つのが正直気恥ずかしかったのだが、如月が気に入ってくれたのなら、それでいいやと思った。
***
「そろそろ、花火が始まるな。ここだと人多くて、ちょっと見づらいよな……移動する?」
「なら、ちょっと歩くけど、私いい所知ってるよ?」
そう微笑んだ如月の顔はどこか妖艶で、斗哉はドキッとした。
隣町の神社だったので、斗哉はあまり土地勘がなかった。二人は本堂の横道を抜けると、竹林の小道を通り、如月は申し訳程度に舗装された、階段の上を指差した。
「この先だよ」
街灯も申し訳程度で、何処か心細い場所だ。ここまで来ると人が疎だった。
階段はかなりの長さだった。下駄の如月を気遣いながら登った。オレが場所を変えようと言ったから?
着なれない浴衣と履きなれない下駄で、わざわざ花火の見やすい場所に案内してくれているのかと思うと、斗哉は如月が愛おしくなった。
(……あいつらに、馬鹿にされてもいい。もう、オレ……)
ここまで登って来ると爽快だった。夜風が気持ちいい。ちょうど花火が夜空に咲き出した。綺麗だな……
お堂の奥に案内されると、ちょうど座れそうなスペースがあり、如月はふうっとそこに腰を下ろした。
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ。見て! 花火、すごく綺麗だね」
斗哉も如月に習って、隣に腰を下ろした。
花火の光に照らされた、如月の顔がすぐ横にある。ずっと見つめていると、それに如月が気が付いた。
「見ないの?」と小首を可愛らしく傾げてくる。暫くして、如月が顔を近づけて目を閉じた。斗哉は吸い寄せられる様に、如月の唇に、自分の唇を寄せようとした――
その時――
如月が肩を震わせながら、クククと笑い出した。斗哉は何が起きているか分からず、その場で固まった。
「ちょっとは楽しめた? 八神君」
如月はそう言いながら、目を開いた。その表情は、斗哉の知っている如月のものとは、まるで別人だった。
***
「……え?」
「ちょっとは楽しめたかって、聞いてるんだけど?」
斗哉は如月の豹変ぷりに、理解が追いつかなかった。
「あの告白、嘘だったんでしょ?」
「え⁉︎」
「それで、私を笑者にしたかったんでしょ?」
如月は冷ややかに据わった目で、斗哉を睨み上げながら小首を傾げる。
「あの、眼鏡掛けた、癖毛の……地味で暗そうな奴だよな?」
「あー、あいつか……空気過ぎて、話した事もねーわ」
「男に免疫なさそーだから、告ったら、めっちゃ慌てそう! 想像しただけで、ウケるわ!」
「コロッと騙されそう! そのままやらせてくれるかもよ?」
斗哉はゾッとした。如月が突然復唱した言葉は、あの日の自分たちの会話だ。
「ああ言う事はさ……誰かが聞いてるかもしれない場所で、馬鹿みたいに大声で話さない方がいいよ? 誰が聞いてるか分からないから」
(き、聞かれてた……)
如月はスッと立ち上がり、かつてないほどの冷たい眼差しで、斗哉を見下した。
「あんたたちみたいなの見てると、虫唾が走るよ。他人の気持ちを全く想像できない、平気で人を傷つける悪魔みたいな人間、本当に死んでほしい。私を馬鹿にしたあんたたちの事、絶対許さないから」
斗哉は反射的に立ち上がった。いや、違う。違くないけれど……ショックのあまり言葉が出てこない。如月はその斗哉の表情を見て、ハハハと嘲け笑った。
「……何? ショック受けてるの? あんたたちがやろうとしてた事と、同じじゃない?」
そうだ……オレは今如月にされている事を、そっくり如月にしようとしていたのだ。
如月は踵を返すと、去り際に斗哉を睨んでこう続けた。
「もう二度と、話しかけないで」
去って行く如月に、何も言い返す事も出来ず、斗哉はただただ、そこに立ち尽くしていた。美しい花火の光が、残酷に斗哉を照らし出していた。
***
如月は下駄を脱ぎ、裸足で境内の階段を降りた。たまに見かける人たちは、夜空に咲く花火をうっとりと見上げている。
如月は、その花火がまるで、今の自分の心を映す鏡の様だと思った。
言ってやった。スカッとした。自分を馬鹿にする連中は、みんな死ねばいい。着け慣れないコンタクトで目が潤んできた。儚く散っていく花火の残骸が目に映った。
「ざまー、みろ」
つづく
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