第12話「3周目〜世界の在るべき形〜」

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第12話「3周目〜世界の在るべき形〜」

3rd round after  斗哉と心乃香が地元に着いた時は、もう日が傾きかけていた。  二人は神社の周辺を探し回ったが、相変わらず、あの古い鳥居に続く階段は見つからない。  しかも心乃香が抱いている黒猫は、ぐったりしていて目覚めない。  斗哉は遂に痺れを切らし、黒猫の耳を引っ張った。 「おい! 起きろ! 神社に着いたぞ!」 「ううん」と黒猫は眠そうに唸ると、前脚の爪を出して斗哉の手を引っ掻いた。 「痛って!」 「それは、こっちの台詞だわ。ったく、しょうがないなあ、もー」  そうぼやくと心乃香に抱かれたまま、黒猫は目をパチンパチンと瞬かせた。  暫くして、日が完全に落ちると道路に面した、あの鳥居に続く階段が現れた。 『⁉︎』  黒猫は心乃香の胸から飛び降りた。  二人を振り返ると一瞥し、その階段をピョンピョンと登っていった。斗哉と心乃香は目を見合わせると黙って頷き合い、その黒猫の後を追いかけた。 ***  古びた鳥居とあのお堂……確かにここは、あの黒猫を埋めた場所だった。  黒猫はお堂の簀子部分にちょこんと横になっていた。ぐわっーとノビをすると、顔を前脚で洗い首を傾けて、斗哉と心乃香を見つめてきた。 「単刀直入に言う。ボクにはこの『呪い』は解けない」 ***  二人はその黒猫の答えに始め固まっていたが、斗哉は次第にワナワナと震え出し、黒猫に掴みかかった。掴みかかったった筈だった。  斗哉の手がスッと虚空を描く。掴めない。姿は見えているのに、掴めないのだ。 「そう何度もやられるか、バーカ!」 「こいつ!」  心乃香は、その二人のやり取りにやれやれと被りを振った。 「ボクも何とかしようと出雲で調べたんだ。でも、方法なんてなかった。もうどうにもならないんだ。酒でも飲まなきゃやってられないだろ!」  と黒猫は逆ギレし、あーあと仰向けに横になる。 「世の中には、どーにも出来ない事があるんだよ。お前たちだって、分かってるんじゃないのか?」 「……」  二人は何も言い返せずに、黙ってその場に立ち尽くしていた。  それじゃあ、自分に縁のある人間たちがどんどん消えていくのを、黙って見てろって言うのかと、斗哉は黒猫を睨んだ。 「ふざけるな!」 「じゃあもう一度、時間を戻してみる?」 「⁉︎」 「戻したって無駄なんだ。返って更なる『代償』を支払わせられるだけ。大体さ、お前たちのせいじゃん!」  黒猫は二人を大きな瞳で睨み上げた。 「あの日ボクをほっといてくれれば、お前たちが『酷い後悔』なんてしなければ、『強い言霊』なんか吐かなければ、ボクは怨霊なんかにならなかったんだ! この世界から成仏出来たのに! いなくなれたのに!」 「⁉︎」  二人はそうだと思った。白の言う事が正しいなら、この黒猫を怨霊化させてしまった原因の半分は、自分たちにある。  斗哉はもうどうすればいいのか分からなくなり、その場に膝から崩れて落ちた。このまま何も出来ず、黙って人が消えていくのを見ている事しか出来ない。  心乃香は、そんな斗哉を黙って見つめていた。そして、黒猫に向き直った。 「……肩代わり……出来ない?」  心乃香は静かに呟いた。 ***  斗哉と黒猫は、始め心乃香が何を言ってるのか分からなかった。  だが黒猫の方は、次第に心乃香の言わんとしている事が理解出来てきた。 「心乃香がこの『代償』の肩代わりをするって言うの?」  心乃香は黙って頷いた。斗哉は二人が何を言っているのか分からず、二人を見つめた。 「『肩代わり』って、どう言う事だ?」  黒猫は冷静に斗哉を見つめ返した。 「文字通り、お前が今支払っている『代償』を心乃香が代わって支払うって事だ」  え? ……どう言う事だ、それは? 如月が代わりに支払うって…… 「言っておくけど、前の様な代償だけでは済まないと思うよ。お前の存在自体消えるかもしれないし、斗哉の様に、お前に縁のある人間がドンドン消えていくかもしれない」  心乃香は黙って頷いた。 「……本当は、白の話を聞いてから、ずっと考えてた……」  斗哉は二人が勝手に話を進めようとしているので、慌てて割って入った。 「ちょっと、待てよ! 如月がオレの代わりに代償を支払うって、どう言う事だって聞いてるんだ!」 「……既に心乃香はお前の代わりに、一度代償を支払ってるよ」 「⁉︎」  斗哉はますます訳が分からなくなった。既に一度? どう言う事だよ―― 「お前、初めて願い事をした時、車に轢かれて死んだんだ。『命』を代償に持って行かれちゃったから、時間自体戻せなくなった。……その『命』の代償の肩代わりをしたのが心乃香だよ」  斗哉は信じられないと、心乃香の方を見た。心乃香は俯いて斗哉と目を合わせない。 (……うそ、だろ……そんな……) 「……如月、本当なのか?」 「……」  心乃香は何も答えない。黙って地面を見つめていた。そう言えばと、斗哉は思い出した。  7月18日、心乃香が自分の家にやってきた時―― 「……自分も時間を戻してもらったって、この事か?」  心乃香は何も答えなかったが、黒猫が代わりに「そうだよ」と答えた。  そう言えば、初めて時間が戻って目覚める前に『死んで逃げる気⁈ 卑怯者!』と自分に呼び掛ける声を聞いた。あれで目が覚めた。  どこかで聞いた声だと思っていた。あの声の主は、もしかしたらと思っていたのだ。  二回目に心乃香が消えていたのは、自分の大切なものが彼女で、自分から支払われた代償なのではと思っていたが――  違う――彼女自身が支払った『代償』だったんだ。自分が「二回目」だと思っていた巻き戻しは、もう既に「三回目」だった。彼女が犠牲を払い、戻してくれたんだ。 「……何で、そんな事……オレの代わりに代償を支払うなんて事、オレの事、大嫌いなんだろ⁉︎ 何でそんな事したんだよ!」  斗哉は感情がぐちゃぐちゃになり、吐き出さずにはいられなかった。  心乃香がスッと顔を上げた。 「あんたは知らないだろうけど、あんたが死んだ時、大変な事になったのよ。あんたの『死』を受けて、悲しむ皆んなが痛々しくて……見ていられなかった」  心乃香は冷静に斗哉を見遣った。 「私は……行かなかったけど、あんたの葬式に参列した人間、凄い数だったみたい。もし、このままこの神隠しが終わらなかったら、あんたに縁がある人間全部消えて、大変な事になる。凄い数の人間が消える」 「……だからって……お前が肩代わりしたって……」  ふっと心乃香は微笑んだ。 「大丈夫よ。私なら。友達なんていないし、自分にとって、大切なんて思ってる人間いないから。両親は消えるかもしれないけど、姉とは仲良くもないし、あの人なら、私や両親が消えても支えてくれる人が沢山いるから……きっと大丈夫」  斗哉は心乃香にそう言い切られて、何も言い返せなかった。どうして彼女にこんな事を言わせてるのかと、泣きそうになる。 「確かに、斗哉の『代償』より、心乃香の方が被害は少なさそうだ」  黒猫が二人を見遣って呟いた。 「陰キャだって事が、最後に役に立ったわね……それにいいの、別に消えても。私が消えたって、別に世界は何も変わらないから」  そう皮肉めいて、心乃香は微笑んだ。    どうしたら、どうすればいいか、頭が働かない……このままだと彼女は本当に肩代わりしてしまうーー  でもこのまま何もしなければ、確実に人が沢山消えていく――  沢山の人の存在と少数の人の存在を今、天秤に掛けなければならない。消えていく人々に、なんの罪もない。    でも、――でも!  「嫌だ! やだよ。絶対嫌だ! また、如月が消える事になったら――」  斗哉は心乃香の両手を掴んだ。 「……オレ、如月の事が好きなんだ! ……だから、代償を肩代わりするなんて、言わないで……くれ……また、如月が居なくなったりしたら……絶対嫌だ……」  この手を離さない。離したくない。心乃香は目を見開いて、その斗哉の告白を黙って聞いていたが、暫くしてハアッと溜め息を吐き、涙声で吐き出した。 「……よくこんな時まで、人を馬鹿に出来るわね。本当、あんたのそう言うところ……大嫌い!」 「違う! 今度は嘘じゃない!」  心乃香は斗哉から目を逸らした。 「黒猫の怨霊化が私が言った『言霊』が原因の一端なら、上書きしたら呪いの力も弱まるかもしれないって、白に言われたの。だからって訳じゃないけど……」  心乃香は、今度は黒猫を見遣ってこう続けた。 「『絶対許さない』……アレよね?」 「うん」と黒猫は頷いた。 「一度発した言葉は取り消せないよ、心乃香」 「取り消さない。本当に思ってた事だから。その言葉は嘘じゃなかった。でも……」  その時ふわっと生暖かい風が、斗哉と心乃香の間を通り抜けた。心乃香は再び斗哉を見遣った。真っ直ぐに。 「あの夏祭りの日、あんたにドッキリ仕返した事は今でも後悔してないし、なかった事にするつもりもない、だけど……」  そこまで言って、心乃香は言葉を詰まらせた。 「あんたたちに仕返しして、本当にせいせいしたと思ったのに……同時に、凄く、悲しくなった」  心乃香の瞳から涙が一筋溢れた。 「……もう二度と、あんな馬鹿な事、誰かを「裏切る」様な事しないって約束するなら、あんたたちを……あんたを『許す』よ」  心乃香がそう言葉を発した途端、黒猫の体からパリンと何かが弾けた。  それと同時に、心乃香の姿がふわっと消えた。 ***  掴んでいた心乃香の手が消えて、斗哉の手は宙をかく。  斗哉は、何が起きているか理解できなかった。辺りに虫の鳴き声が戻ってくる。 「ボク……ちょっと、分かったかもしれない」  黒猫は、既に心乃香が消えた空間を見つめていた。 「心乃香は、やり直したんじゃない。過去を否定しなかった。それを受け入れたまま、前に進んで自分を変えたんだ」  斗哉は、心乃香が消えた事を、当たり前の様につぶやく黒猫を、信じられない面持ちで見た。 「変えた?」 「ボクから一つ『呪い』が外れたみたい。心乃香が『許す』って言ったから」 「……き、如月は?」  斗哉は恐る恐る尋ねる。黒猫は頭を横に振った。 「……そんな……」  項垂れる斗哉を横目に、黒猫はすくっと立ち上がると、ひょいひょいと古い鳥居の天辺に登っていく。 「まっ!」  斗哉は慌てて呼び止めた。このまま黒猫を行かせてしまったら、如月とはもう二度と…… 「また、時間を戻せとでも言うつもり?」 「⁉︎」  黒猫は斗哉を鋭く睨みつけた。 「彼女がした事、無駄になるよ。お前はまだ、あの時の事『後悔』してる。ボクも死んだ時の『悔恨』が忘れられない……でもそれじゃ、きっとダメなんだ」  だから、黙って全てを受け入れろって事か? もう彼女の居ない世界で、のうのうと自分だけ生きていくなんて―― 「だったら、オレも……」  黒猫は斗哉の次の言葉を察した様だ。 「お前まで消えたら、彼女は本当にこの世界から完全に消えるよ?」 「え⁉︎」 「今なら、分かる。本当に死ぬって、『忘れられる』事なんだ……」 「そんな……」 「消えたきゃ、勝手に死ねばいい。お前以外、彼女を覚えている者は一人もいなくなり、その時、完全にこの世から存在が消える」  黒猫の言葉には、薄ら怒気が含んでいた。結局、自分は今まで何をしていたのかと斗哉は思った。  一つの過ちを「無かった」事にする為に、何かを犠牲にして、それを取り戻そうとして、また更にどんどん多くのものを失って来た。  始めから「後悔」なんかしなければ、良かった。「後悔」する様な事をしなければよかった。  それでも人は何度も間違えるし、何度も後悔して生き、死んでいくのだろう。  『後悔』を無かった事には出来ない――  斗哉はそんな当たり前の事に、やっと本当の意味で気がついた。気がつくと、スーと涙を頬が伝っていた。 「……何で如月は、オレが死んだ時『肩代わり』なんてしたんだろう? ……オレの事、大嫌いだって、言ってたのに……」  黒猫は、天を仰いで呟いた。 「お前に対する『憎しみ』っていう名の『愛』のせいじゃない?」 「憎しみなのに……愛かよ?」 「憎情も、嫉妬も、怒情も、同情も、欲情も、恋情も……全ての他人に対する『情』は『愛情』の一部なんだって」 「なんだよ、それ?」 「生きてた頃……そんな事言って奴がいたんだ」 「猫が?」  黒猫はふっと微笑んだ。 「さあね。でも、今ならそれがなんか分かる……」  黒猫が夜の闇に溶け出した。 「……良かったじゃん、斗哉。お前、心乃香に『許して貰いたかった』んだろ?」 「……」 「もっとも、『今後、誰の事も裏切らない』ならって、条件付きだけどな!」  そう叫びながらにっかりと笑うと、黒猫は完全に闇の中に消えていった。  こうして如月心乃香は、この世界から姿を消したのだ。 つづく
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