第7話「3周目〜新たな代償〜」

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第7話「3周目〜新たな代償〜」

3rd round after 7月15日(火) ――‘’死んで逃げる気⁈ 卑怯者!‘’ (……)  斗哉は、珍しくスマホのアラームが鳴る前に目が覚めた。考えが纏まりそうだった時アラームが鳴った。 (……あの声、まさか……)  斗哉はアラームが鳴り響く中、天井を見つめながら、ずっとその事を考えていた。 ***  斗哉にはどうしても確かめたい事があった。斗哉は身支度を整えると、急いで朝食をとり、家を出た。  もうこの時期になると、朝でも蒸し暑い。蝉の鳴き声が、更に暑さを増長させている気がした。斗哉は少し早足で学校へ向かった。  朝練中のグラウンドを横切り、校内に入る。相変わらずこの時間は校内に人が殆どいない。  斗哉は教室の前まで来ると、立ち止まって深呼吸をする。意を決して、ドアを開けた――  教室には誰も居なかった。 (……そう、だよな)  もしかしたら、あの朝の様に如月がもう登校しているかもと思ったが、度々あんな偶然起こるわけがない。そもそも「二度と話しかけるな」と釘を刺されてる。 (……何やってるんだろう、オレ)  斗哉は如月がやっていた事を思い出し、教室を換気する為、窓を開け出した。  朝練をしている運動部の連中を眺めながら、たまに入ってくる風を受けて、涼みながら物憂げに、斗哉は夏の始まりを感じていた。  ただ斗哉が、この様な穏やかな時間を感じられるのは、この時までだった。 ***  斗哉は朝担任が出欠をとる時に、また戦慄する事となった。出席番号2番の「五十嵐 陸(いがらし りく)」の名前が呼ばれない。  教室内に居ないのは、休みかと思っていたのだ。朝の朝礼が終わり、慌てて将暉に確認する。将暉は「誰だそれ?」と、呆れる様に笑っていた。   (うそ……だろ……)  教室内を見渡せば、また席数が減っている。昨日までの陸の席の場所に、別の奴が座っていた。 (これじゃあ、如月の時と同じじゃないか……)  そう唖然としていた時、昨日まで陸が座っていた席を、凝視している奴がいるのに気がついた。  如月だ――  こいつ、まさか陸の事覚えてるんじゃと、如月に確認しようと思ったが、一限目の数学担当教師が入ってきてしまい、斗哉はすぐに確認出来なかった。  二限目は運良く移動教室で、斗哉は縋る思いで如月に詰め寄った。ただ、如月の返答は思い掛けないものだった。 「もう、話し掛けるなって言ったと思うけど?」  あっ、そうだった。焦っていてすっかり失念していた。でも―― 「わ、悪い。でも、どうしても聞きたいことがあって。お前は、陸……五十嵐 陸の事覚えてるのか?」 「五十嵐? 誰それ? うちのクラスにはいないよね?」 「⁉︎」 「もう、いい?」  そう短く返答すると、如月は足速に移動教室に向かって行ってしまった。 (……そんな……)  覚えてない。やっぱりオレしか覚えてない。これじゃ、如月が消えた時と全く同じだ。きっとクラスメイトや担任に確認しても、今の如月と同じ反応だろう。  斗哉はスマホのメッセージアプリを確認する。『五十嵐 陸』の名前がどこにも見当たらない。陸とのやり取りの跡もない。当然電話帳にも登録されていなかった。 (どうして、こんな事……)  斗哉はその時、あの黒猫の言葉を思い出した。 『あ、言っておくけど、二回目の代償は一度目より大きくなるから、覚悟してよね? 』  もし、“代償”に陸を持って行かれたとしたら……オレのせいだ。  斗哉は一気に血の気が引いていき、その場に倒れ込みそうになった。呼吸がうまく出来ない。  もし、オレのせいだったら――  代償は「オレ」の一部なんじゃないのかよ⁉︎どうして、陸が持って行かれるんだ!   斗哉は体調が悪くなったと担任に伝えて、急いで学校を飛び出した。 ***  思い当たるのは、あの隣町の神社の黒猫だ。それしかない。斗哉は逸る気持ちで神社に向かった。如月が消失した時同様、あの鳥居へ続く階段や、古びたお堂は見つからない。黒猫に何度呼びかけても、何の反応もない。 (どうしたら……)  黒猫は「これが最後の最後」と言っていた。もしかしたら、もう二度とあの場所は現れないのかもしれない。そんな不安が頭を過ったが、斗哉は諦めるわけには行かないと、何時間も神社の周りを探索したが、どうしてもあの鳥居を見つける事が出来なかった。  あまりの暑さの中、斗哉は熱中症になりかかって倒れてしまい、本堂の神主にたまたま見つけてもらって、暫く休ませてもらった。救急車を呼ぼうとする神主を何とか制して、その日は帰宅せざるおえなくなった。 (どうして、どうして見つからないんだ……)  気持ちは焦るものの、体がついてこない。斗哉は動かない体をベッドに預けて、せめて頭だけはと、陸をどうやったら取り戻せるのか、それだけを考えていた。 *** 7月16日(水)  斗哉の体はまだ本調子ではなかったが、陸が消えた事は悪い夢か、自分の気のせいで、今日は学校に陸が当たり前の様に存在しているのではないかという、僅かな期待を持ち学校へ向かった。  体が重く中々ベッドから起き上がれなかった為、斗哉が学校に到着した頃は遅刻ギリギリの時間になってしまっていた。教室に入るともう全員着席しており、朝の出欠確認が始まっていた。「八神、早く席に着け」と担任に注意される。  クラスメイトたちはクスクスと笑っていた。ただこの時、クラスの中で一人だけ笑ってない奴がいた。  斗哉は慌てて自分の席に着く。出席番号6番の加藤が呼ばれる。自分の出席番号は大分後なので、ホッと胸を撫で下ろした。次は7番の「菊池 将暉(きくち まさき)」が呼ばれる筈だった。そうなる筈だった。 *** (将暉が、居ない……呼ばれない)  斗哉は後続のクラスメイトが名前を呼ばれる中、生きた心地がしなかった。 (どうして……)  席数がまた一つ減っている。昨日まで座っていた将暉の席に別の奴が座っている。「菊池 将暉」が、呼ばれない事を誰も気にしていない。担任さえも。  壮大な嫌がらせだった方がマシだ。非常に悪質なイジメだが、その方がまだマシだと斗哉は本気で思っていた。  消えるより、いい――  もし、これも陸が消えた事と同じ「原因」だったらと、斗哉は気が狂いそうだった。  その時、たまたま目に入った。昨日まで座っていた将暉の席をじっと睨んでる人間を。  さっきピクリとも笑っていなかった人物、如月だ。間違いない、こいつは「菊池 将暉」の事を、「五十嵐 陸」の事を覚えてる―― ***  如月が消失した時、自分以外の誰も如月の事を覚えていなかった。だか今回は、自分以外に如月にも二人の記憶がある。これがどういう事なのか分からないが、二人の消失に何らかしら関係があると斗哉は思った。  黒猫と会えない以上、もう如月しか手がかりがない。何としても聞き出す。  ただ事を問い詰めるのに、授業間の休みでは短すぎると、斗哉は昼休みまで静かに待った。  如月は昼休みになると、あっという間に教室から出て行った。そういえば、昼食を教室でとっている如月を見た事がない。  斗哉は慌てて如月を追いかけた。 *** (図書室……)  如月は図書委員だ。委員会の仕事で来ていたとしても、何らおかしくはないが……  図書受付カウンターを覗き、各棚を歩き回ったが、誰もいない。 (おかしい……絶対図書室に入った筈……)  その時、斗哉は荷物運びを手伝った時、お茶のペットボトルを如月から受け取った事を思い出した。 (図書準備室!)  斗哉は逸る気持ちで、図書準備室に向かった。  ノックなどしない。斗哉は乱暴に図書準備室のドアを開けた。中では一人呑気に本を読みながら、昼食をとっている如月がいた。  突然部屋に入ってきた斗哉の姿に、如月は目を丸くしていた。構わず、斗哉は如月に詰め寄る。 「お前、五十嵐 陸と菊池 将暉の事知ってるな⁉︎」 「何なの、いきなり入ってきて! 部外者立ち入り禁止なんだけど!」 「二人の事知ってるんだろ⁉︎」  喧嘩腰の斗哉に、如月は立ち上がった。 「知らないって言ってるでしょ⁉︎」  如月も負けじと斗哉に言い返す。鬼気迫る勢いだ。如月の事を知らなかった頃の自分なら、ここで引き下がったかもしれない。  だか、こいつの「演技力」はよく知っている。 「嘘だ! だったら何で、さっき将暉の席の方をじっと見てた! 昨日だって、陸の席を見てただろ!」 「しつこいわね! 知らないって言ってるでしょ!」 「お前、何か知ってるんだろ? 二人が何で消えたか、知ってるんだろ⁉︎」  女子に対して、こんなにムキになって怒鳴った事などない。斗哉はそれだけ追い詰められていた。それにこんな風に詰め寄られたら、普通の女子なら泣き出したかもしれない――    なのに如月は一歩も引かない。その事が、無性に斗哉を苛立たせた。 「……お前が、何か関係してるのか⁉︎まさか、お前が二人を消したのか? ……オレたちの事、絶対許さないって言ってたもんな⁉︎」  すると如月は、驚いた様に斗哉を見つめてきた。言ってしまった後に言い過ぎだったと斗哉は思ったが、もう後には引けない。二人の存在が掛かってる。  暫くの後、如月は斗哉を冷めた目で見つめていた。 「知らないわよ、二人が消えた理由なんて!」  如月は次には嘲る様に吐き捨てた。 「ただ、あんな奴ら消えて良かったんじゃない? せいせいしたわ!」  その如月の態度に、斗哉の何かがブチっとキレた。体が勝手に動く。腕が如月の襟元を掴もうとする――  その瞬間――  如月は自分に伸びてきた斗哉の手首を片手で掴み、もう片方の手で斗哉の肩を瞬時に掴んだ。そのまま下から斗哉の体を突き崩し、準備室のテーブルの上に、押さえつけた。 「ぐわっ!」  肩を決められた斗哉は、その反動で呻き声を上げる。 「……痴漢撃退法……マジ、役に立った。八神、人を見た目で判断すると、痛い目に合うわよ!」 (な、何なんだ、こいつ!)  斗哉はどうして自分が机に押さえ込まれて、関節技を食らっているのか訳が分からなかった。 「女に平気で手をあげる根性、あんたたちみたいな奴ら、絶対ろくな大人にならない。消えた方が世の為よ!」  如月はそう叫ぶと、全体重を掛けて斗哉を締め上げてきた。 「痛たたたたっ! ちょっ、ちょっと待て!」 「挙句、人のせいにするなんて、あんたのせいじゃないの⁉︎」  そう言われて、斗哉はハッとした。オレのせい……そうだ、これは完全に如月への八つ当たりだった。ただ斗哉は何で「それ」を如月が知っているのか、締め上げられる中で疑問に思った。   (どうして……お前が、それを知ってる……)  如月は反動をつけ、トドメを刺すかのようにグッと力を込めて、テーブルに斗哉を押さえつけた。  更に関節が締まり、斗哉は「ぐわっ!」と悲鳴を上げた。    如月は斗哉から離れると、素早く自分の弁当箱を回収し、準備室のドアに手を伸ばした。 「次、おんなじ事したら、世間的に抹殺してやる」  そう捨て台詞を吐き、準備室を出て行った。    怖すぎる……女子にこんな恐怖を感じたのは生まれて初めてだ。  元々告白ドッキリの件で怖い奴だとは分かっていた。だが、さっきの護身術は何なんだ⁉︎心身共に怖すぎる。今更ながらとんでもない女と関わってしまったと、斗哉は心の底から後悔した。   ***  斗哉は暫くの間、如月に関節技を決められた事と、陸と将暉に対する如月の態度が腹立たし過ぎて、湧き上がってくる怒りをどうすればいいか分からず、授業中もずっと頭にきていた。  ただその間は、二人に対する罪悪感や悲壮感の様なものから、開放されていた事に気がついた。  下校の時間になる頃には、如月に対する怒りも、陸や将暉に対する極度な心配も不思議と落ち着いていて、とにかく自分の出来る事をやらなければならないと冷静になっていた。  と言っても、自分が出来る事なんてあの黒猫を探す事だけなのだ。 ***  斗哉は一度自宅に帰り鞄を置くと、直ぐにあの神社に向かった。何か、あの猫に会うには「条件」の様なものがあるのかもしれないと考えていた。  斗哉が神社に着いた時は、日が傾き掛けていて、境内は夕焼け色に染まっていた。カナカナと蝉の鳴き声が響いてる。そう言えば――  斗哉が考えながら参道を歩いていると、前方に腕を組み、本堂を睨みつけている人影が目に入った。  斗哉はその見知った後ろ姿に驚いて、思わず声を掛けてしまった。 「如月!」  声を掛けられた少女は徐に振り返った。 *** 「何でお前がここに居るんだよ⁉︎」 「話しかけないでって、言ったでしょ!」 「……うっ……祭りの日の事は、本当にごめん……」 「だから、絶対許さないって言ったでしょ!」  ふんっと如月はそっぽを向く。 「……分かってる。許されたいと思ってる訳じゃない。ただ、あの二人の事で何か知ってる事があるなら、教えて欲しいんだ」   「……あんた、私があの二人を消したと本気で思ってるの?」   「それは……そうじゃないと思いたい。でも、ここに居るって事は、何か知ってるんじゃないのか?」  如月は本堂を見据えながら、静かに答えた。 「あの二人が消えた理由は知らないわ。ただ……思い出した事がある。どうして今まで忘れていたのか分からないけど。五十嵐が消えたと分かった瞬間思い出した」 「何を?」  斗哉は縋る思いで、如月の答えを待った。 「猫の事よ」  猫と言われ、斗哉はあの黒猫の事だと瞬時に理解した。如月もあの黒猫に会った事があるのだ。 *** 「如月もあの黒猫に会った事があるのか?」 「一度だけあるわ。確か神社の裏手の道に面した所に階段があった筈なんだけど、いくら探してもないのよね。大体、元々あんな場所階段なんてなかった気がするし」 「そこって、どこ?」 「だから、敷地の裏の道の……ちょっ、ちょっと!」  斗哉は、如月が話終わる前に駆け出していた。 ***  裏手の道に面した階段――覚えがある。一回目、階段を降り切った所に猫の死体があり、再び階段を登って、その死体を埋めたのだ。  斗哉はどこら辺だったかと、思い出そうとした。如月が「ちょっと、待ちなさいよ!」と声を掛けながら追いかけていた。 「ここら辺か?」 「この電柱のすぐ正面にあった筈なんだけど……」 「何で如月は、正確に場所が分かるんだ?」 「何でって、ここであんたが……」  そこまで言って、如月は口を注ぐんだ。 「とにかく、見当たらない以上、無いものは無いんだし、私たち、夢でも見てたのかもね」 「夢じゃねーよ。実際こんな訳が分からない事になってんだ、あの黒猫は絶対いたよ。前来た時も、随分探したんだ……何か、会うには条件があるのかも」 「条件?」 「あいつ自分を神様だって言ってたし、そう考えた方がポイだろ?」 「そう言えば、あの黒猫に会った時、鈴の音が聞こえた気がしたんだよね」 「鈴?」  そう言えば……と斗哉もその鈴の音に覚えがあった。確かにあの場所にたどり着く時、必ず鈴の音が鳴っていた気がする。 「それじゃ、その鈴の音が聞こえた時じゃないと、あいつに会えないのかもな……こっちからはどうしようもないじゃんか!」  神は気まぐれってやつか。あいつの気分次第って事かよ――そう思いながら暮れていく夕日に斗哉は目を遣った。もうすぐ日が沈んでしまう…… 「あ……」 「何?」 「そういえば、あいつと会う時、いつも日が暮れてた気がする」 「確かに……私もそうだったかも。日が暮れるまで待ってみる?」 「ああ……」  日は落ちかけると、、あっという間に暮れていく。二人はそのまま夕日を眺めながら、静かにその時を待った。  日が暮れた後も暫くそこで待っていたのだが、鈴の音は聞こえてくる事はなかった。斗哉は深夜まででも待つつもりでいたが、如月をこのままにはしておけないと思った。 「鈴の音も聞こえてこないし、猫も現れない……もう遅いから、送るよ」 「大丈夫よ。一人で帰れるから」  斗哉は、二回目に如月が消えてしまった時の事を思い出した。 「いや、送る。……お前にまで消えられたら……」  あまりに意気消沈している斗哉を見ると、如月は憎まれ口を叩けなくなった。 「分かった。あんたも今日はそのまま家に帰りなさいよ」 ***    如月を送る為、二人で並んで歩く。斗哉は不思議な心持ちだった。祭りの日の事を考えると、まさかこんな日が来るなんて、、思ってなかったからだ。もう二度と、彼女と関わる事はないと思っていた。  一回目のフワフワした感情とも、三回目の虚しい気持ちとも違う。不思議な安心感の様なものを感じた。 「如月……」 「……何?」 「昼間の事……ごめん」 「……私は、謝らないわよ」  斗哉はそう言われて「そうでしょうとも」と可笑しくなって、自然と笑みが溢れた。 「でも、送ってくれてありがとう」  そう言うと、如月は立ち止まった。その彼女の後ろに「如月」と書かれた表札が見える。  こんな所に彼女の家はあったのか―― 「それじゃ、また明日」  そう飄々と呟くと、彼女は玄関の先に消えて行った。  斗哉はその『また明日』と言う言葉に涙が溢れそうになった。 つづく
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