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第8話「3周目〜黒猫の行方〜」
3rd round after
7月15日(火)
(……?)
心乃香は朝担任が出欠をとる中で、違和感を感じた。その違和感の正体に気付くのに、暫く時間がかかった。
寧ろ7月3日までの自分なら、気が付かなかったかもしれない。
(五十嵐がいない……?)
“五十嵐 陸”――私を告白ドッキリに嵌めようとした一人だ。あの悪巧みを聞くまで、自分の頭に全くなかった人間。下の名前すら知らなかった。
休みとか、そう言う話ではない。担任も誰も五十嵐の名前が呼ばれない事に『気がついてない』――
――何なの? どう言う事なの?
その時突然、心乃香は”八神斗哉”が死んだ時の事を思い出した。
***
何かが起きている――だが、それが何なのか分からないし、自分にはどうする事も出来ない。
八神が二限目前の休み時間に、五十嵐の事を聞いてきた時は正直驚いた。
もしかしたら、他にもこの不思議な事象に巻き込まれてない、正気な人間がいるのかもしれない。いや、違う――
間違いなく、この“八神斗哉”のせいだ。心乃香は八神が死んだ時の不思議な体験の事を思い出し、間違いないと思った。
もう二度と巻き込まれるのはゴメンだと、五十嵐なんて知らないと突っぱねる事にした。
***
7月16日(水)
(……⁉︎)
昨日から引き続き、その存在が無かった様に“菊池将暉”の名前が呼ばれない――
まさか、五十嵐に続き菊池までも――
明らかに、何かの強力な不可思議な力が働いていると思った。こんな非常識な事、あの喋る黒猫と会わなければとても信じなかっただろう。
明日には、八神も消えるかもしれない――
だが、どうでもいい。もうどうでも。
死んであんな風に、周りを巻き込むくらいなら、『消えた』方が全然いい。あいつらの親、友人知人らも悲しむ事はないのだ。だって始めから存在してないのだから。
心乃香は必死で、そう思い込もうとした。
***
しかし驚いた事に、あの八神斗哉が昼休み図書室に乗り込んできた。
あの二人が消えたのは私のせいだと、食ってかかってきた。何で奴だ。
八神斗哉が、いや菊池も五十嵐もそうだが、こいつらは他人の痛みには全く無関心なのに、身内に何かあると、被害者ヅラが酷いのだ。
八神が死んだ時の、菊池と五十嵐の項垂れ方も腹が立つほど酷いもので、正直私は、その身勝手さに吐き気がした。
その怒りの感情が、私の心を支配した。小学生の頃、体の大きないじめっ子の男子と、取っ組み合いの喧嘩をした時、次こんな事があった時の為に、護身術を身につけようと、躍起になっていた事が役に立った。
見事、八神に関節技を嵌められた。女子の体育の必修に「護身術」を是非加えるべきだとそう思った。
心乃香はそんな事を考えながら、八神に捨て台詞を吐き、図書室を後にした。
常に最悪のパターンを考える――
典型的『弱者』の発想。
心乃香には『もっと酷い事』になるかもしれないと言う、予感の様なものがあった。
***
(……ない)
心乃香は居ても立っても居られなくなり、下校時そのまま、例の神社に向かった。
八神が死んだ時、八神が車に轢かれた場所のすぐ近くに、あの『鳥居に続く階段』が確かにあった筈なのに。
だが、何処を探し回っても見つからないのだ。
心乃香はあの不思議な出来事が、夢だったのではと思い始め途方に暮れた。神社の本堂に戻り、もう一度始めから考え直そうとした。
その時――
「如月!」
背後から、聞き覚えのある声に呼びかけられた。
***
「何でお前がここに居るんだよ⁉︎」
いや、それはこっちの台詞だわ!
「話しかけないでって、言ったでしょ!」
「……うっ……祭りの日の事は、本当にごめん……」
「だから、絶対許さないって言ったでしょ!」
話しかけるなと言っても、全く聞かないこの図々しさ、本当に腹が立つ。
「……分かってる。許されたいと思ってる訳じゃない。ただ、あの二人の事で何か知ってる事があるなら、教えて欲しいんだ」
「……あんた、私があの二人を消したと本気で思ってるの?」
「それは……そうじゃないと思いたい。でも、ここに居るって事は、何か知ってるんじゃないのか?」
心乃香はうんざりした。八神に対してムキになって怒るのが、無駄な事の様な気がしてきたのだ。
「あの二人が消えた理由は知らないわ。ただ……思い出した事がある。どうして今まで忘れていたのか分からないけど。五十嵐が消えたと分かった瞬間思い出した」
「何を?」
「猫の事よ」
猫と聞いて、八神は驚いていた。やはり、この奇妙な現象があの、黒猫のせいだとアタリをつけていた様だ。
心乃香が、あの鳥居に続く階段の場所のアタリを八神に話した途端、彼は走り出して行った。心乃香も慌て彼を追いかけた。
***
「ここら辺か?」
「この電柱のすぐ正面に、あった筈なんだけど……」
「何で如月は、正確に場所が分かるんだ?」
「何でって、ここであんたが……」
そこまで言って、心乃香は口を注ぐんだ。
まさかそこで「あんたが死んだのだ」なんて言えない。
「とにかく、見当たらない以上、無いものは無いんだし、私達、夢でも見てたのかもね」
「夢じゃねーよ。実際こんな訳が分からない事になってんだ、あの黒猫は絶対いたよ。前来た時も、随分探したんだ……何か、会うには条件があるのかも」
「条件?」
「あいつ自分を神様だって言ってたし、そう考えた方がポイだろ?」
「そう言えば、あの黒猫に会った時、鈴の音が聞こえた気がしたんだよね」
「鈴?」
そのくらいしか、思い出せない。
「それじゃ、その鈴の音が聞こえた時じゃないと、あいつに会えないのかもな……こっちからはどうしようもないじゃんか!」
気まぐれは神の本質だ。人間の都合でどうにかなるものではない。地震や台風が、人にはコントロール出来ないように。
「あ……」
「何?」
「そういえば、あいつと会う時、いつも日が暮れてた気がする」
「確かに……私もそうだったかも。日が暮れるまで待ってみる?」
「ああ……」
日は落ちかけると、あっという間に暮れていく。二人はそのまま夕日を眺めながら、静かにその時を待った。
日が暮れた後も、暫くそこで待っていたのだが、鈴の音が聞こえてくる事はなかった。
心乃香は、八神に帰宅する様に促された。確かに潮時かもしれない。ただこのまま帰ると、八神はいつまでもここに留まる気がして、自分を送るついでに、ちゃんと帰宅する様に注意した。
***
八神に送られて、二人で並んで歩く。
どうしてこんな事になっているのかと、心乃香は不思議な心持ちになった。もう二度と関わりたくない、関わるなと言っているのに、八神は本当に人の話を聞かない。図々しい。人の迷惑を考えない。
これが『強者』の発想なのだ。自分の価値を信じて疑わない……腹立たしい……腹立たしいのに……
「如月……」
黙って隣を歩いていた八神は、突然話しかけてきた。
「……何?」
「昼間の事……ごめん」
そう言う所……そう簡単に人に謝る所……本当に腹が立つ。『謝罪』と言うのはもっと重いものなのだ。
「……私は、謝らないわよ」
八神はその言葉に、呆れて笑っている様だった。だって私は悪くない――しかし、これは別の話だ。
「でも、送ってくれてありがとう」
いつの間にか自宅前に着いていた。
「それじゃ、また明日」
自然とその言葉が口に出た。別に八神を許したわけじゃない。でも八神の気に当てられて、こちらの気持ちも緩んでいたのかもしれない。
明日もまた、普通に会える――心乃香はそう思っていた。
***
7月17日(木)
八神は大体、いつも遅刻ギリギリで登校してくる。まだ八神が教室に現れないのは、いつもの事なのだ。心乃香はそう思いながら、祈る様な思いで静かに、席に座って八神が教室に入ってくるのを待った。
ただ、遂には担任が教室に現れるまで、八神が教室に入って来る事はなかった。
(……消えた? ……八神も消えたの?)
心乃香は自分の嫌な予感が当たってしまったと、心臓をドキドキさせたが、担任は出欠前に八神は病欠だとクラスメイトたちに伝えて来た。
心乃香はその事に逆に拍子抜けしてしまい、ホッと胸を撫で下ろした。
(何よ、紛らわしいわね! 心配させないでよ!)
心乃香はそう頭に浮かんだ事に気がつき、別に心配なんかしていないと、被りを振った。
八神は、菊池と五十嵐の事で相当まいっている様だったし、その精神的ストレスが体にも影響を及ぼし、体調を崩しても仕方がなかったのかもしれないと、心乃香は思った。
弱者を平気で見下すくせに、なんて勝手な奴なんだろうと思ったが、八神もそうしなければ、自分を保てない様な弱い部分があったのかもしれないと考えた。
だからと言って弱者を笑者にするのは違うだろう、大変迷惑だと、やはり同情の余地はないなと考え直した。
***
7月18日(金)
今日は一学期の終業式。明日の連休から学校は夏休みに入ってしまう。なのに八神は登校してこなかった。具合が悪いのなら仕方がないが……
心乃香はこのまま八神の顔を見る事なく、長期の休みに入る事に大変な胸騒ぎを感じていた。
またもや最悪の思考が頭を過る。八神が死んだ時の様な、あんな事に再びなってしまうかもと思ったのだ。
いつもなら、絶対こんな事はしないのだが、夏休みに入る前、八神に渡さなければならないものを、彼の家に届ける役目をかってでた。
担任は「お前たち、そんなに仲が良かったのか?」と八神と心乃香との関係を、訝しく思っている様だ。
心乃香はこの問いに対し曖昧に返事をして、八神の家の場所を担任から聞き出した。
***
心乃香は終業式終了後、焦る気持ちを押さえられられず、飛び出す様に学校を後にした。
何か最悪な事になっているかもしれない、そんな考えがどうしても拭えない。心乃香は、担任に貰った八神の家の地図を片手に、「落ち着け」と自分に言い聞かせた。
***
八神の自宅は、学校からさほど遠く離れてない所にあり、とあるマンションの一角にある様だった。セキュリティバリバリの高級マンションでなくて良かったと、心乃香はホッとした。もしその様な所だったら、もう八神の家に辿り着くまでに、臆していただろう。
男子の家どころか、女子の家にも、他人の家に上がった事がない。親戚の家ですら緊張するくらいなのだ。自分にしたらここまで来た事すら、大変な勇気がいる事だった。
心乃香は八神の家のドアの前に立つと、震えている体を落ち着かせる為、まず深呼吸する――
何で自分がこんな事をしなければならないのかと言う、八神への恨み言が頭を過る。もし、最悪な事になっていたら許さない、絶対許さない――
心乃香は意を決して、八神家のインターホンを押した。
何の反応もない――
心乃香は、湧き上がってくる不安を掻き消す様に、もう一度インターホンを押した。
誰も出ない――
もし、八神が本当に体調が悪いなら、本人だけでも自宅にいる筈だ。もしくはいるのだが、体調が悪すぎてインターホンに出られない、それとも、病院に行っていて誰もいないのか……
その場合どうしようもない。でも、もしそうでなかったら? 八神の連絡先など知らない。自宅の場所を聞いた時、家電の番号も聞いておけば良かったと心乃香は後悔した。
心乃香は近所の迷惑を考えず、ドンドンと乱暴に八神の家のドアを叩いた。
「八神! 居ないの⁉︎ どうしたの⁉︎ 大丈夫なの⁉︎」
何の反応もない。心乃香は、これは自分の手には余ると思った。とにかく担任に連絡して、八神の家の事を相談しようと、スマホで学校の電話番号を確認しようとした。
その時――
キィっと、力なく八神の家の玄関のドアが開いた。その薄暗い隙間から見えたのは、変わり果てた姿の八神だった。
***
「……如月?」
姿を現した八神の顔色は大変悪く、まるで生気がない。ゾンビにでもなったと言われても、疑わなかっただろう。ここ二日で、八神は何十年も老けこんでしまったかの様だった。
「……ちょっ、ちょっと、あんた大丈夫なの⁉︎」
八神は、何か言おうとしてふらついた。如月は慌てて八神を支えた。
「オレ……どうしたら……」
八神は定まらない視点で、譫言の様に呟いた。
***
「両親が消えた⁉︎」
心乃香は八神を居間のソファーに座らせながら、八神から発せられた事実に驚きを隠せなかった。
「どう言う事? ちゃんと説明して」
「……昨日の朝起きたら、母さんが消えてたんだ。陸や将暉が消えた時と同じ様に。父さんに確認しても、そんな人知らないって言うし……」
八神は俯きながら、頭を抱えて続けた。
「昨日は学校休んで、あの神社に行ってたんだ。一日中張ってたけど、あの猫にはやっぱ会えなくて。それで今日朝起きたら……」
八神の声は震えていた。
「父さんも消えてた……スマホのデータからも、昔の写真からも両親の存在が無くなってる。もう、オレどうしたらいいか分かんなくって……」
八神は今にも泣き出しそうなのを、必死で堪えてる様だった。心乃香は、他人がこんなに弱っている姿を見るのは初めてだった。
八神の様な人間でも、こんな風になってしまうものなんだと、その姿に親近感を覚えた。
自分とは、、全く違う世界の人間の様に思ってた。決して分かり合えないと思っていたのに――
「とにかく、あんたお風呂入って来なさいよ」
「……え?」
「あんた、臭うわよ」
******
斗哉は心乃香に言われるまま、頭からシャワーを浴びていた。ここ二日、風呂に入るどころか、食事もとってないし、何より眠れなかった。
食欲も湧かないし、眠気もやって来ない。人って食べなくても、眠らなくても生きていけるんじゃないかと思ったくらいだ。
(……如月は、何でここに来たんだろう?)
疲れ切った頭で斗哉が考えられるのは、そのくらいだった。
***
斗哉が髪を拭きながら居間に戻って来ると、フワッと良い香りがした。味噌汁の匂いだ。
その香りを嗅いだ途端、ぐうっと斗哉の腹が鳴った。
心乃香はスマホで何やら調べていた。居間に入ってきた斗哉に気がつく。
「あ、出たのね。あんたこの二日ろくに食べてないんでしょ? 勝手にキッチン漁らせてもらったから」
そう言うと、おにぎりと味噌汁を居間のローテーブルに置いた。
「レトルトのご飯とインスタントの味噌汁だから、味は大丈夫だと思う。何か温かいもの体に入れた方がいい」
斗哉はその心乃香の心遣いに、涙が溢れそうになった。
***
「なるほど……二回、戻ったわけか……」
心乃香は虚空を見つめ、何やら考えていた。
斗哉はおにぎりをつまみながら、心乃香を見つめていた。
「こんな話、信じるのか?」
「……私も時間を戻してもらったから」
「え?」
「まあ、八神には関係ない事だよ」
心乃香はサイドソファーに座りながら、顎に手を当てて思い出しながら呟いた。
「私が戻してもらった時、代償は自分の一部だって言われた。でも何が持っていかれたのか、分からなかったのよね。五十嵐が消失するまで、その事を忘れていたし……」
「オレもおんなじだよ。一回目の時、何が持っていかれたのか、分からなかった……」
「……」
「でも二度目を叶えてもらう時、代償は更に大きくなるって言われた。もしかしら『代償』として、両親や陸や将暉が持っていかれたんじゃないかって……ずっと考えてた」
思い詰める斗哉を見て、心乃香は暫く考えた。
「確かにそうかもしれない。こんな不可思議な事、あの猫が絡んでいるとしか思えないし。結局あの黒猫とはそれから会えてないのよね?」
斗哉はこくりと頷いた。
「二度目を叶えてもらう時、もうこれが最後の最後だって言ってた。……だからもう、会えないのかもしれない」
心乃香の頭に、最悪なパターンが過った。最終的に、彼の両親が消えた事で代償を払い切ったのだろうか? 心乃香はこの、人が「消えた順番」も気になっていた。
「八神にとって、消えた両親と友達があんたを構成する大切な何かだったと考えたら、それはあんたの『一部』とも言えるかも」
「え?」
「一部と聞いて体の一部と思わせられてたけど、それは黒猫のフェイクだったんじゃない? そう考えれば、四人が消えた事もしっくり来る」
「そんな……」
斗哉は始め、時間を戻してもらった時、あれは夢の中の出来事だと考えていた。だから、時間を戻すなんて言う超常現象も叶えて貰える、夢の中だから代償が持っていかれる事も怖くなかった。何の覚悟もなかった。でも実際今、とんでもない事が起こっている。
「まあ、これは仮定の話だけどね。落ち込んでる場合じゃないわよ。何とかしたいなら、あんたが何とかしないと」
「でも、どうすれば……神社に何度行っても、黒猫に会えないし……」
「あんたは黒猫に二度も会ってる。黒猫とあった時の事、一から細かく思い出して。何か手がかりが見つかるかもしれない。元々あんたのせいなのよ?」
心乃香は項垂れる斗哉を睨みつけた。弱ってる人間を慰めるどころか、追い討ちを掛けてくる。……ただ今の斗哉には、この心乃香の容赦なさがとても頼もしかった。
***
●一回目
7月13日(日)
・祭りの日、如月と別れた後、鈴の音を聞く。
・古びた鳥居とお堂を見つける。
・鳥居の先の階段を降りた時、黒猫の死体を見つける。
・黒猫の死体を抱え階段を再び登り、お堂の側に死体を埋める。
・階段を再び降り、降り切る前に黒猫に呼び止められる。
・願いを叶えてもらう。
●二回目
7月4日(金)
・時間が戻り、この日の朝に目が覚める。
・学校を休む。
7月7日(月)
・登校すると、如月が消失している。
7月12日(土)
・祭りの日に買った御守りが何処からか現れる。如月が存在していた事を確認。
・神社に向かい、黒猫と再び会う。
・如月の事を相談する。
後日
・夢の中で黒猫と会う。
・更なる代償を払うの事を約束し、もう一度時間を戻してもらう。
●三回目
7月4日(金)
・時間が戻り、この日の朝に目が覚める。
・如月に告白する。
7月13日(日)
・如月とお祭りに行く。
7月14日(月)
・如月の存在を確認。
7月15日(火)
・五十嵐 陸が消失。
・如月に五十嵐の存在を確認するが、知らないと言われる。
・学校を早退し、神社へ向かう。
・黒猫には会えなかった。
7月16日(水)
・菊池 将暉が消失。
・如月に図書室で二人の事を確認するが、返り討ちにあう。
・帰宅してから、神社に向かう。
・神社で如月と会う。
・黒猫には会えなかった。
7月17日(木)
・母親が消失。
・神社に向かうが黒猫には会えなかった。
7月18日(金)
・父親が消失。
・神社に向かうが黒猫には会えなかった。
・帰宅後、如月が家に来る。
心乃香は斗哉に今までの事をざっくりノートに書き出させ、その内容に驚いた。
これは――
とりあえず色々とツッコミたい。ただここは冷静に、始めから順序立てて行こう。
「……この黒猫、はじめは死体だったってどう言う事?」
「階段下で死んでたんだ。恐らく、車に撥ねられたんだと思う。何だかそのままにしておけなくて……」
斗哉は、あの時の惨めな自分と重なったからとは、心乃香に言いたくなかった。
「何で死体が蘇るのよ。はー、意味わからない……」
心乃香はのっけから、もう理解が追いつかなかった。
「オレが神社の敷地内に埋めたせいで、神様になったって言ってた。そのお礼と言うか、それで願いを叶えてやるって……」
「何それ⁉︎ 馬鹿じゃない⁉︎ そんなの信じたの⁉︎」
斗哉はそのツッコミにうっとなった。そりゃオレだって馬鹿だと思うけど、そのくらいあの時は落ち込んでた。確かに今思うと、弱ってる所に漬け込まれた。
「時間を戻すなんて……あの日の……私のやった事のせい?」
「……」
斗哉は弁明出来なかった。だってその通りだったから。だからと言って、彼女のせいじゃない。あの報復は、元々告白ドッキリを仕掛けようとした自分たちに非がある。今はその事が嫌と言うほど分かる。
「ごめん……本当に、あの時の事は……」
斗哉はそう言う事しか出来なかった。
その願いをした後に、運悪く斗哉は『命』を持っていかれてしまった。願いは叶わなかった。斗哉は当然その事を覚えてない。と言うか、死んでしまったのだから、知るわけがないのだと心乃香は思った。
斗哉が二回目だと思っているのは、実は三回目だ。その代償を、私が肩代わりしたからだ。待てよ――
「この二回目、私、消えてたの?」
斗哉は静かに頷いた。
「時間が戻せる最大が7月4日までだったんだ。出来る事なら、3日まで戻って、あの悪巧みを無かった事にしたかった。そうすれば、如月を傷つける事も……なかったのにな」
それを聞いて心乃香は腹が立った。
「言葉にした事は、決してなくならないのよ。時間を戻して無かったことにするなんて、虫が良すぎるんじゃない?」
「……そうだな……」
斗哉は自分のしようとしてた事に呆れて、力なく笑った。
「でもせめて、あの告白ドッキリを実行しないために、二回目の7月4日、学校を休んだんだ」
「私、7月4日に八神が学校を休んだ記憶がないわ」
「これは想像だけど、オレが休んだ時点で、未来が変わったんだと思う。どう言う事か今でも分からないけど、休み明け学校に行ったら、将暉たちみたいに、如月が存在ごと消えてたんだ。誰も如月の事、覚えてなかった……」
そう告白する斗哉の顔は、悲壮感が満ちていた。自分の知らないその『二回目』がどんなものだったのか……心乃香は知るのが怖くなった。
ただ、ここで一つの仮定が成り立つ。
斗哉が二回目と思っている三回目の代償――私が支払った代償は『自分の存在』だったのかもしれない。斗哉は初めて願いを叶える代償に、既に『命』を持っていかれている。
でも周りは彼の事を覚えてた。周りの者から『彼の記憶』は奪われなかった。
代償の肩代わりは一回目より『重くなる』と黒猫は言っていた。目や、腕や、心臓などのケチな代償であるわけがなかったのだ。完全にあの猫に騙された。
存在そのものが無くなる。心乃香は五十嵐や菊池が消えた時、『死ぬよりはいい』と思っていた。だって周りは八神が死んだ時の様に、悲しむ事はないのだ。悲しむ対象を覚えてないから。
でも『存在自体が無くなる』というのは、消えた本人にとっても、悲しむ対象さえ忘れてしまう周りの人間にとっても、死ぬより酷い事なのではないかと、斗哉を見ていると心乃香はそう感じた。
それでも――
「本当に馬鹿な事したわね……二回目に私が消えた時、そのままにしておけば良かったのに。私との事、無かった事にしたかったんでしょ?」
「……ふざけんな」
斗哉は俯いたまま、心乃香にそう吐き出した。
***
考えが煮詰まりすぎて、心乃香が斗哉の家に来てから大分時間が経っていた。だが、ここで帰るわけに行かない。まだ何の解決法も浮かんでいない。
それに、こんな状態の斗哉をとても放って置けないと心乃香は思った。足掻いても足掻いても報われない虚しさ。その気持ちが痛い程分かるのだ。『弱者』はそんな人間を突き放すほどクズじゃない。
(……お腹、空いたわね……)
長時間読書をした時も、大変お腹が空く。きっと脳と視力に全エネルギーを持っていかれるせいだ。
心乃香は家に、友達の家にいるから遅くなると連絡した。『友達』と文字を打っている時白々しすぎて、心乃香は吹き出しそうになった。
また母が「心乃香が、友達の家にお呼ばれする日が来るなんて」と泣き出すかも知れないと、少し罪悪感が生まれた。
何で毎度毎度、こんな嘘を親につかねばならないのかと、陽キャと絡むとろくな事がないと、心乃香は心底思った。
そう思うと、心乃香はまた斗哉に腹が立って来て、「ピザ頼んでいい?」と無遠慮に斗哉に言い放った。流石の斗哉も驚いたが、止める間も無く、心乃香はピザ屋に注文してしまった。
ピザを待っている間、心乃香は「少し休憩」と眼鏡を外してソファーに寝転んだ。
自由すぎる――初めて来たクラスメイトの、しかも男の家でこんなに図々しく出来るものなのかと、斗哉は心乃香に友達がいない理由が、分かった気がした。
しかし、その心乃香の自由すぎる行動のお陰で、斗哉の鬱々としていた感情は、少し軽くなっていた。
暫くしてインターホンが鳴ると、心乃香はソファーを飛び起きて、ピザを受け取りに玄関に出た。
箱を開けるとLサイズのピザが入っていた。……二人でこんなに食えないだろと、斗哉は文句を言ったが、私が代金を支払ったんだから、あんたになんか一切れもあげないわよと、心乃香はピザを頬張り出した。
自分で全部食う気か、信じられない。しかもLサイズ……こんな細いのに、とんだ大食漢だと呆れたが、「人を見た目で判断すると痛い目にあう」という、以前の心乃香の言葉が斗哉の頭を過った。
(本当、人は見掛けによらないわ……)
***
「さて、何処まで話したかしら?」
「二回目の、如月が消えてたって所までだ」
「この二回目の『後日、夢の中で黒猫と会う』って何? どういう事?」
心乃香は鋭い目でノートを指差した。
「何月何日だったか、正確な日付は思い出せない。ただ今思うと、あれは絶対現実じゃない。あの鳥居はあったけど、周りは真っ白な空間だったんだ」
あの時、如月が消えたのは自分のせいじゃないかと言われて、どうしていいか分からなくなった事を思い出す。
「黒猫にこっちに来かかってる、相当今ヤバイ状態だって言われた。もしかしたら、オレあの世に行きかかってたのかも。それで……」
斗哉は口を注ぐんだ。この先は、心乃香に聞かれたくない。これ以上情けない自分を知られたくなかった。
「……? それで何? 神社で会わなかったって言うの、凄く重要な気がする。思い出した事全部話して」
斗哉はそう促され、答えるしかなかった。
「如月が消えた事が辛いなら、如月の事忘れればいいって、方法を聞いてきたって……」
「聞いてきた? 何を? 何処で?」
心乃香は身を乗り出して、斗哉に迫った。
「確か……そうだ、出雲って言ってたかな? 何か神道? を通って行ってきたって。お前と買った御守りを代償に、如月との記憶を消してやるって言ってた」
それを聞いて、心乃香は目を丸くして次には何かに納得した様だった。
「もしかしたら、あの猫、今神社に居ないのかもしれない」
「どう言う事だ?」
「出雲に居るのかも」
「え? 出雲? 出雲って、島根の出雲? ……でも出雲の何処に……」
「馬鹿ね。神が行く場所って言ったら出雲大社でしょ⁉︎」
***
「出雲大社って、何か有名な神社だよな? 神が行くってどう言う事だよ?」
「あんた、何も知らないのね。もしくは私を揶揄ってるの? 10月を神無月って言うでしょ? 出雲では10月を神有月って言うのよ。10月は各地方の神様が皆、出雲大社に集まるから出雲以外の地区では『神様が居無い月』=『神無月』って言うの。言うなれば、出雲大社は神様達の総本山ってとこね」
「へー、そうなんだ? 良く知ってるな、そんな事。全く知らんかった。てか、今7月だぜ?」
「でも、出雲に行ったってそう言う事じゃないかしら? 今あの神社で黒猫に会えないのは、留守のせいで、戻って来れば会えるかも知れないわ」
「いつ?」
「それは分からないわよ」
「……そうだよな」
斗哉は希望が経たれて少し項垂れたが、すぐに心乃香に向き直った。
「如月、ありがとう。少し希望が見えてきた。お前が居てくれなかったら、こんな考えに至らなかったと思うし……」
「……別に、あんたの為じゃないわよ」
心乃香はそう吐き捨てると、そっぽを向いた。
ツンデレかよ、と斗哉は可笑しくなった。
夜も大分更けて来ていた。家まで送ると斗哉は申し出たが、心乃香は頑なにそれを断った。
「あんた、顔色まだ酷いわよ。そんなフラフラな状態で送られても迷惑よ。今日はちゃんと休みなさい。ピザ、まだ半分残ってるから、食べていいわ。じゃあね」
心乃香はそう言い残すと、八神家を出て、暗闇の中に消えていった。斗哉は心乃香が見えなくなるまで、その場で見送った。
斗哉は誰も居なくなった居間のソファーに、ぐったりと持たれ掛かった。半分だけ綺麗に残されたピザを見て思った。
Lサイズのピザを頼んだのは、きっと始めからオレに半分食べさせるためだ。憔悴しきった自分を見て、心配したのだろう。
(だったら、始めからそう言えよ……)
斗哉は心乃香の天邪鬼ぶりに、素直じゃないなと可笑しくなって、数日ぶりにフフっと笑った。
つづく
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