ダ・マ・シ・タ・ナ

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「先輩、部屋に入って来た時はほんとに悲壮感漂う顔してたんで、笑いこらえるのに必死でしたよ。なあ?」  後輩の1人が、さも楽しそうにそう言った。ああ、そうやっていくらでも笑えばいいさ。こんなに心地よい、騙し方をしてくれるなら……。 「まあ、先を越されるのは悔しいが、お前なら当然だと思うよ。最近何かと上手くいってなかったみたいだが、そんなことぐらいでお前の評価は動かないってことさ。俺たちの『出世頭』に、乾杯だ」  同僚の1人がそう言いながら、自分のグラスを俺のグラスに「かちん!」とぶつけた。俺はグラスに入ったノンアルコールのビールを、ぐいっと飲みほした。何分まだ社内なので、酒に溺れるわけにはいかないが。終業時間も過ぎているし、このくらいは大目に見てくれるだろう。もともと、そういう自由な社風が売りの会社なのだから。  すると、そこで。会議室のドアを開けて、思わぬ人物が姿を現した。 「翔子……?!」  ついこないだ、俺に「距離をおきましょう」と言ったばかりの翔子が、目の前に立っている。しかも、恐らく俺に渡すための、花束を持って。 「まさか……お前も?」  震えるような声で問いかけた俺の言葉に、翔子は「くすっ」と照れ笑いを浮かべ。それから、満面の笑みで俺に答えた。 「うん……ごめんなさい。でもあなた、『少し距離をおきましょう』って言っただけなのに、別れ話でも切り出したような顔になっちゃうんだもん。すぐ種明かしをするとはいえ、この2,3日、気が気じゃなかったわ」  そう言って翔子は、「おめでとう」と言いながら、花束を俺に差し出した。俺はその花束を受け取り、なんと言っていいかわからず、しかしこらえきれない笑顔で、「ちっくしょーーーーー!!」と思いきり叫んだ。
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