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「来年も桜が見られるかしら」
近所の桜並木を見ていた時、母は突然こんなことを言った。
「何言ってるの、変なことを言わないでよ」
私は笑いながら、その背をぽんと叩く。
無理もない。
日本人女性の平均寿命が八十を超えようかというこのご時世、母はまだ五十代だったからだ。
大げさなことを言っているな、私はそう思った。
「そう? ならばいいんだけど」
言いながら、母は笑う。
そしてふと、思い出したようにこんなことを言った。
「あなたが生まれた時、丁度桜が満開で。病室の窓からきれいに見えたのよ」
「ふうん、そうなんだ」
生返事をしながら、私は桜を見上げる。
薄紅色のその花を、私は嫌いになった。
私は幼い頃から、生きづらさを感じていた。
口癖は、『私なんて生まれてこなければ良かった』。
それほどまでに私は自分自身が嫌いだ。
その私の誕生と重ね付けられた桜の花、嫌いになるには充分すぎた。
※
新緑が目に眩しく光る頃、我が家は不幸のどん底に突き落とされていた。
母に病気が見つかったのだ。
病名は、炎症性乳癌。
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