桜を嫌いな理由。君を忘れない理由。

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「桜を見ていると、思い出すんだ。僕があの子に優しくしなかった、冷たい人間だっていうことを。あの子が消えてしまうのを事前に止められたのはこの世に僕、ただひとりだけだったのに……何にもしてあげなかったっていう事実をね」  僕達の周囲にいたのは共犯者だらけで、彼のために何かしてあげられたのは僕以外に誰もいなかった。  そうして。まさしく、自業自得。あの子を失ってしまったせいで、僕はもう、本当の自分には戻れない。僕達はふたり揃っていないと、真実を証明できないんだから……。  彼女の好きな、せっかくの美しい桜の下で重苦しい話をしているっていうのに。涼原さんはいつもみたいな、「どことなくつまらなさそうな顔」ではなくて。ただただ静かに、事実として受け止めて聞いてくれていた。  やがて、小さな溜息と共に、「なんだかなぁ」と呟く。 「小学校の時、クラスの女子連中があんたのことなんて言ってたか知ってる? 頭も顔も性格も家柄もいい、全て揃った完璧超人の王子様、湖月雅志さま~、ってね」  もちろんそれは過去の話で、今は違う。僕達が通うのは偏差値の低い私立中学で、さらに僕は極力、良い成績が数字として出ないように努力して過ごしている。  両親が僕と彼を取り換えようとしたのは、僕という子供の現在から将来までに稼ぐ「数字というポテンシャル」が欲しかったからで。真実を知ってからというもの、僕は残りの人生において、彼らの大好きな数字を徹底して取り上げることが何よりの目標になった。 「でも案外、自分中心の思考してたのね」 「はは……そうだよね」  桜を見て思い出して辛い、のだって、彼自身を憐れんでじゃなくて。彼のために動かなかったせいで、自分の境遇をより最悪にしてしまった、自分自身を嘆く気持ちの方が大きいんだから。本当、最低だよ。  涼原さんが指摘したいのは、てっきりそういうことなんだろうと覚悟していたんだけど。
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