桜を嫌いな理由。君を忘れない理由。

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 子供の頃、僕は自然豊かな北国に住んでいた。近隣に他の家もない、大草原の片隅で、背後は広大な森になっていて。小学校に通うためには、一緒に住んでいた伯母さんの車で送迎してもらわなければならなかった。  両親は函館の病院に勤務していて一緒に暮らしていなかったけど、よく電話をしてくれたし、僕のために家庭教師を何人もつけてくれた。どうやら僕は平均的な子供より勉強が好きみたいで、小学校の授業だけではかな~り物足りなかったから。  同じ家に、ちょっと不思議な男の子が住んでいた。同い年なのか、ひとつかふたつくらいは年上なのかはわからないけど、その当時の僕よりはちょっとだけ背が高かったかな。何故なのか、伯母さんの車に乗って僕と一緒に小学校へ通うこともなく、別のところへ通うこともしていなさそうだった。  僕は家庭教師との勉強が楽しすぎてその子とはあまり遊ばなかったけど、勉強している部屋の窓からちらちらと、庭で遊ぶその子の姿が目に入る。庭の木々から落ちる木の実や色とりどりの葉っぱを拾い集めるのが好きで、地面に並べて満足そうに眺めていた。  そんな風にひとり遊びをしている時の顔は、今にして思えば……毎春のおなじみ、涼原さんが桜を見ている時。あの、「満足そうな顔」に似ていたかもしれない。  せっかく集めても部屋に持ち帰ったりはしないみたいで、並べたまま放置して、日が暮れたら自分の部屋に戻っていく。彼の食事は僕達と同じ内容だけど、食卓で一緒には食べないで、伯母さんが彼の部屋まで運んでいた。  気になって、庭で彼に話しかけてみたこともあるんだけど、絶対に返事はしてくれないで、困ったような顔で僕を見るばかりだった。返事すらしてくれない相手なんだからと思って、僕はそれ以上の関わりを持たなかった。  唯一の例外だったのが、春のお花見。木庭町の桜よりも少しだけ色の濃い桜が、その家の庭で咲いていた。  誘われたわけじゃなく、桜の木の下に座り込んでそれを無言で見上げて楽しんでいる彼の元へ、僕から歩み寄った。「お花見」っていうのは、誰かと一緒に楽しむものだっていうイメージが、僕にはあったから。なんとなくの気まぐれでそうしてみただけで、深い意味なんかなかった。  彼が嫌がる様子はなかったから、そのまま、雪のように上から降り続く花びらを眺めていた。その中にはたまに、一枚ずつ剥がれ落ちた花びらではなく、花の形を保ったままぽとりと落っこちてくるものもある。それが彼の太股のところにちょうど乗っかった。  彼はそれをつまみ上げて、ひとしきり嬉しそうに眺めた後、僕にそれを渡してくれた。プレゼントしてくれたものだと判断して、ありがとう、って言って受け取った。
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