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彼は僕の顔ではなく、自分の指先を見て、それから何度もそこと僕の顔へ行ったり来たり、視線をさまよわせていた。その後、本当に嬉しそうな顔で、微笑んだ。僕にとっても意外な場面で、その顔は今でも忘れられないでいる。
その次の年も、そのまた次も、僕は同じように行動して、彼と「お花見」をした。桜が散って庭が元通りの緑色に戻ると、来年の桜もきっと同じように見るんだろうなぁって思っていた。
小学五年生の冬、彼の姿が突然見えなくなった。その家のどこにも。
どうしたんだろうって思って間もなく、両親が嬉しそうな顔をして家にやってきて、木庭町に引っ越すと言いだした。その街の大病院に勤務することになったんだって。
「あの子は誰なの? どうしていなくなったの?」
「あれは和志。神隠しにあっていなくなったんだよ」
今にして思えば迂闊すぎるんだけど、両親はよっぽど有頂天だったのか、僕がすぐに忘れるだろうと思ったのか。その名前を口にしてしまったんだ。
部屋に戻った僕は、日記に書き残した。音で聞いただけだから、その時点では漢字までは知らない。「かずし」、って。逆から読んだら「しずか」、だからあんなに静かだったのかなぁ、なんてね……。
小学校のパソコンの授業。インターネットで気になる言葉を検索してみましょう、と先生が言った。
僕は「かずし」「神隠し」で検索してみた。匿名掲示板やニュースサイトの情報が出てきた。
数年前。函館市在住の「桜見和志ちゃん(三歳)」が、シングルマザーのお母さんと公園で遊んでいて行方不明になった。同じ保育園のママ友と、その子供と一緒に遊ばせている間に、和志ちゃんだけがいなくなっていた。誘拐されたのか、迷子になったのか。人の仕業か、神隠しか。遊んでいる子供から目を離した親に責任はないのか。
どういうわけか、想定される犯人と同じくらいの熱量で、その「お母さんに対する責任論」がヒートアップしていて読んでいて怖くなるくらいだった。本人じゃなくたってこんな気持ちになるんだから、お母さんはどれくらい辛かっただろう。和志ちゃんは見つからなかった上に、そのお母さんはもう、誹謗中傷を苦にして自殺してしまった。僕に真実を教えてくれたのはインターネットだけど、僕から本当のお母さんを奪ったのもまた、インターネットが一因だったんじゃないかなと、思った……。
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