桜を嫌いな理由。君を忘れない理由。

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 涼原朝美(すずはらあさみ)さんと出会ったのは、小学六年生の頃。僕がそれまで住んでいた北国から引っ越して、彼女の生まれ育ったここ、木庭町の小学校に転入した時だった。  彼女の第一印象は、「孤高」。孤立、でも孤独、でもない。  この年頃の女の子っていうのは同性の誰かとつるんで行動したがるものだと思うけど、涼原さんはそうじゃない。かといって「ひとりが好きだから話しかけるなオーラ」を出しているわけでもなく、話しかければ普通に応えてくれる。愛想よく笑顔で返事してくれるってわけじゃなく、あまり表情が変わらない自然体で。授業や学校行事でグループ行動が必要な時だって、何の問題もなくこなしている。  そんな彼女に僕が興味を引かれたのは、中学校の入学式の日。ほとんどの生徒は親のどちらか、あるいは両親揃って入学式に参列して、親が来ていないのは僕と涼原さんだけだった。  校門の前の「入学式」と書かれた立て看板や校庭の桜などを背景に、親に写真を撮ってもらえて嬉しそうな子供達。そんな空気の中でひとりぼっち同士の僕達。  涼原さんは校庭の隅に咲く桜の木の下に佇んで、満開の花を見上げていた。その表情は「寂しそう」どころか、「満足そう」だった。  僕には「桜を嫌いな理由」があったからこそ気になって、彼女に話しかけた。 「涼原さんも親が来てないの?」 「入学式なんて午前中だけだし、半休取って参列してくれるってお父さんは言ったんだけどね。どうでもいいから別に休まなくていいってあたしから言ったの。つい先月、卒業式で休んでもらったばっかりだしね」  事情は知らないけど、涼原さんにはお母さんがいないらしい。たった一年とはいえ同じ小学校の同じクラスにいたんだからそれくらいは僕も知っている。 「もしかしてこういうの、ひとりでじっくり眺めて楽しみたいタイプだったりする? だったら邪魔しちゃってごめんね」 「別にいいわ。ひとりで見るのと誰かと一緒に見るの、どっちが好きも嫌いもないから。雅志のしたいようにしたら?」  次の春、中学二年生。涼原さんは通学時、同じように桜の下に佇んでしばらく桜を眺めてから教室へ向かう。そんな彼女の姿を僕はついつい、遠目にうかがってしまう。僕自身が話しかけて彼女の楽しみを邪魔するよりも、「ひとりの楽しみ」を満喫している彼女の表情を見る方が、僕にとっては面白かったから。  中学三年生の春。涼原さんはちょっとだけ、寂しそうな顔で、桜を見上げていた。これまでとの違いが気になって、僕はつい、「どうかしたの?」と話しかけてしまっていた。
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