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卒業式の後片付けが終わった。珍しく、一人で下校することにした。いつもは誰かしらと帰っているけれど、今日は一人になりたい気分だ。友達に返さなくてはいけない本があると小さな嘘をついて、図書室に向かう。特にやることもなく、本棚の間をぶらぶらと歩いた。
一番奥の本棚の一角を何気なく見る。どっかの外国のファンタジー小説の「中」だけがぽっかりと空いている。上・中・下巻の三冊の内の「中」だけが無い。
私は、ひょっとしたら先輩が本棚の裏に隠れているのではないか、と辺りを見回した。でも、卒業式の日の図書室には誰もいない。そんなの当たり前なんだよな、と一人で嘲笑った。そしてふと、先輩と話した日のことを思い出した。
「小説は、何でも真ん中らへんが面白いんだ」
「どうしてですか?」
その時の私は不思議だった。私は小説は最初と最後が面白いと思っていたし、何となく真ん中は盛り上がりに欠けるような気がしてしまう。
「小説って大体最初と最後はその物語の非日常なんだよ。最初は物語が始まるきっかけになる事件なり、イベントがある。最後はその反対だ。どんな小説でも、ラストは印象に残りやすいだろ? 感動的だったり、驚きの真相が明らかになったり」
「……まあ、そう、ですね……」
わかるような、わからないような。先輩と話していると、そんな気持ちになることが多い。
「真ん中には”日常”がある。”日常”にこそ、”本当”があると思うんだ」
「先輩……よくわかんないです」
私がそう言うと、先輩はくすりと笑った。
「若いな」
「何言ってるんですか。一つしか歳が違わないのに」
「たかが一年。されど一年」
先輩は、今度は豪快に笑っていた。
その時のことを思い出して、もう先輩とは会わないんだろうなと思った。どんなに一緒にいて楽しくても、「また会おう」という言葉があったって。結局、私たちの”日常”は高校時代のものだ。新しい世界に飛び出せば、また新しい”日常”が作られていく。
物語には、必ず終わりがある。
そして、始まりも。
「ほんと、されど一年、だよなぁ」
私はぼそりと呟いた。
「でも、たかが一年でもある」
その声の主によって、本棚の空白に「中」が差し込まれた。私はそっと後ろを見た。
「先輩! 何で……」
「返さないといけない本があったもので」
先輩はそう言って、「中」を指差した。相変わらず、先輩の笑みからは、何を考えているのか読み取ることはできなかった。だけど、返さないといけない本があったなんて、きっと嘘だ。私の直感はそう告げていた。
「嘘ですよね? 返す本があったって」
私がそう言うと、先輩は目を泳がせた。ほんの一瞬だったけど、確かに。私は先輩の目をじっと見つめる。先輩は、少し困ったような顔をしながら卒業証書の筒を指で弾いている。でも、私がずっと黙って見続けているから諦めたようだ。
「最後に、ここに来ておきたかったんだ。その……思い出の場所だから」
「思い出の場所?」
「……俺たちが出会った場所だから」
そう言った先輩の様子は、正直挙動不審だった。私は笑いを必死でこらえながら言った。
「どうして、声をかけてくれなかったんですか」
「なんか恥ずかしくて……。俺のキャラと違うじゃん。卒業式の日に思い出の場所で黄昏るとか……。だから、隠れたんだよ……」
「隠れるのにどうして本なんか持ってたんですか」
「本を読んでれば平常心保って完璧に隠れられるんじゃないかと……」
私はとうとう我慢出来なくなって笑った。我慢してた分、笑いまくった。涙が出てきたけれど、笑っているせいだ。きっと。
「私たち、ずっと一緒にいたんですね」
「そうだな」
一瞬、二人の間に沈黙が流れた。心地良い沈黙だ。その沈黙を先に破ったのは先輩だった。
「前に、小説は真ん中らへんが面白いって言ったこと、覚えてる?」
「覚えてますけど。どうして急に?」
「俺は卒業する。だけど、俺たち二人の物語はまだ終わらせたくないと思ってる」
私は先輩の言葉を心の中で繰り返した。大切に理解していきたかった。
「先輩。卒業は真ん中です。私にとっては、ずっと」
私は、大好きな人の手をそっと握った。
二人の物語の完結は、まだまだ遠くだ。
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