6人が本棚に入れています
本棚に追加
彼女だけが知る彼
浩太の隣に立つ、あたしの知らない女の人。髪が長くてあたしより少しだけ背が高くて、ほっそりとした手は浩太の大きな手としっかりと繋がれている。
この人が、浩太の……。
彼女の顔を見れずに、あたしはじっとふたりの手を見ていた。だって今、目を合わせたらきっとバレてしまう。嫉妬に狂ったあたしの心が。そんなの、あまりに惨めだ。浩太は渡さないなんて思っていながら、実は自信なんてなかったんだと今、分かった。それはただ手を繋いでいるというだけのことに打ち砕かれるほど、ちっぽけなものだったんだ。
「あの、さ。絢音」
気まずそうに切り出す浩太。こんな顔は告白したときしかしないのに。あたしを見ながらもちらちらと彼女に目をやっている。それにつられてあたしも彼女の方を見た。
髪の長い女の人は、穏やかに微笑んではあたしを見、時折浩太を見上げてはふわりと笑っていた。
「斉藤 華乃さん。俺の、その……、婚約者」
ぎこちなく紹介する浩太に、彼女はふふっと嬉しそうに笑ってからあたしを見た。
「はじめまして、絢音さん。浩太くんからよく話は聞いているから初めて会った気がしないな」
あたしは初めてだけど。そう反抗しようとした。だけど柔らかなその笑みに、あたしと彼女を見ている浩太の少し不安げな顔に、そんな反抗心も小さく萎んでいく。
何よりもあたしを見る合間にも彼女に目をやる浩太の優しい顔。こんな表情、あたしは知らない。あたしがいちばん浩太の近くにいて、あたしがいちばん浩太のことを知っている。そのはずだったのに、あたしの知らない浩太がそこにいた。彼女だけが知っている浩太が、そこにはいた。
「絢音。あのさ、明日のことだけど」
愕然と立ち尽くすあたしに、浩太が困ったように声をかける。
そうだ、明日はあたし、浩太に告白しようと思ってたんだ。浩太に好きだって言って、あたしを選んで欲しくて。
だけど――。
最初のコメントを投稿しよう!