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嫉妬
それからバレンタインまでの間、あたしは毎分毎秒、浩太のことを考えていた。最初に浮かぶのはいつもの浩太の笑顔、『絢音』と呼ぶ優しい声。だけど油断すればすぐ、その腕を取り自分の腕に絡ませる、髪の長い影が現れる。いつもあたしの方を見て唇の片側だけを上げて笑う。選ばれなかったあたしを嘲るような笑い方をする。
そんな影が浮かぶたびに、まだ見たことのない浩太の婚約者への憎らしさは増していく。
あんたなんかに負けない。絶対に浩太は渡さない。
一日ごとにその思いは強くなっていった。浩太を想うほどに、自分自身が黒く染まっていくようだった。
こうしていよいよバレンタイン前日。今年のバレンタインは日曜日で、浩太は用事があって実家に帰ると聞いたから、あたしも実家に来ていた。
明日はバレンタイン、明日が最後のチャンスと緊張して落ち着かず、とりあえず気持ちを鎮めようと家を出た。近くの公園まで来てベンチに座り、小さな子どもが高い声を上げながら何度も滑り台を行き来するのを眺めていた。そばに立つ母親らしき女の人の優しい笑み、ぷかぷかと浮かぶ白い雲。あたしの心とはうらはらに優しくて暖かな世界に、いつもどおりに呼吸できるくらいには落ち着いてきた。
「絢音?」
だけど背後から聞こえてきた声に、ゆっくりと穏やかな世界はまたあたしから離れていった。
どくんと高鳴る鼓動。世界はあたしの名前を呼ぶ低い声だけになった。
「浩太」
会えて嬉しい。声が聞けて嬉しい。それでも今だけは、緊張が喜びを上回る。
振り向いたあたしの目に、だけどそこに映ったのはいちばん見たくない光景だった。
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