異端弁護難

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「動画配信に使うんだ。弁護士との打ち合わせなんて、みんなが望んでると思いませんか?」 「はあ、そうですか。私は聞いてないんですがそれは許可を取っていますか?」  秋森は話しながらも一瞬だけ前島のことを睨んでいた。 「別に問題なんて無いでしょう」  依頼人はあっけらかんと語っているので、慌てる人間が居る。それは前島だ。秋森から「確認」と言われてバタバタと走り始めた。  当然知らされてないことを勝手に許可するのもダメ。だから前島は所長に許可を取りに走った。  戻った前島は所長と共に現れる。普通ならこんなところを動画配信なんて許されない。それをわかっているのか所長はのんきに依頼者の撮影機材を眺めていた。 「一応法律問題で、個人情報にも関わるので撮影は遠慮できますか?」  もちろん許可なんて下りる筈もないので秋森は穏やかにお断りの言葉を話す。 「でも、今日は打ち合わせなんでしょ。法律のことなんて弁護士さんが気を付ければ良いんですよ」  この時に秋森の額には怒りマークが浮かんでいるが、それは言葉には表さない。 「しかし、事前に申し出もないことですし困ります」 「前もって話したら許可しないでしょ。こっちだってこれが仕事なんだから、それはわかってくれないと」  相手が前島だったらもう完全に秋森は切れている。更に言うならこんな話し合いも依頼人は録画をしている。なので怒れなかった。  完全にイライラしているので秋森は前島を一瞬見てから、所長のほうに視線を移した。それは所長から断る様に指示しろとの合図。 「いかがでしょうか?」  そのくらいはすぐに前島は理解したので、まだ見物気分の所長に声をかける。すると所長は一度自分のことを呼んでいるのかと確認してから、のどかな顔になっていた。 「うん? 別に良いんじゃない。秋森くんなら困ったことにならない様に話せるでしょ」  なんとのんきなことを言うのだろう。秋森の堪忍袋はもう破れそうになっている。 「もしかして、所長は事務所宣伝になるとか思ってません?」 「そんなこと思ってないよ。でも、そうなったら一挙両得だね。宣伝のためにも頑張りなさい」  全くの他人事の様に所長はヒラヒラと手を振りながらその場を去ってしまった。 「許可は取れましたね。じゃあ、お話を進めましょう」  依頼人のほうも自分の言い分が通ったので随分とニコニコしている。  秋森からすれば気は進まないが、もうどうしようもなかった。  取り合えずは事案の把握のために事故の状況を聞く。要約すると自動車同士の事故で、過失は完全に相手方に有る。依頼人の前方不注意も問われるかもしれないところだが、それは相手方からは話されてないらしい。補償金もそれなりの額だったのだが、問題は依頼人の車の価値についての差異が有ると言うこと。 「確かにあの車は十年以上前の中古車だけど、今はプレミアムなんだ。しかも、買ってから数日しか経ってない。販売価格の全額を補償されないとおかしいだろ」  依頼人の言う通り話しながら前島がネット検索すると、アメリカの輸出規制もあってその車の価値は高いみたい。けれど、それは言い値でしかない。自動車事故の補償はとある会社の発行する本によって試算されている。なので補償額が高くなることはそんなに無い。 「俺はこのことを動画にして配信している。そうしたら味方ばっかりなんだ。相手の保険会社がおかしいって。そこには別の弁護士のコメントも有る」  続いて言うのでまた前島が検索をすると確かにコメント欄には依頼人擁護の文が続いていた。更に依頼人はドライブレコーダーの映像まで公開しているので、この事故はかなりネットの世界では有名になっていた。 「貴方もネットで最近話題だから俺とのコンビならまだ再生回数は伸びる。そっちにとっても今回の依頼に損はないんじゃないか?」  一応まだこの依頼を引き受けるかわからないと話すと、依頼人はこんな返答をして、殆どのことが解ったしあまり話し込んで動画が問題になっても仕方ない。なので、今日の打ち合わせはこれで終わりになった。  依頼人を見送ると事務所の前で「一緒に悪と戦いましょう!」ともちろんカメラの前で依頼人は宣言していた。結果依頼人はずっとカメラを回していた。  やっとのことで依頼人の姿が見えなくなって、秋森が疲れたみたいに肩を落とした。 「やはり、断りますか」  秋森の背中を見ると、前島はその心境をわかっている様に確認を言う。  だけど、振り返った秋森は真剣な顔つきをしていた。そして「受けようか」と呟きながら事務所に戻った。  秋森は玄関から自分のデスクではなく所長室へと向かった。ノックはしたけど返事も待たない。これは余程秋森が言いたいことが有るのだろう。 「どうしたんだ? 動画のほうは問題なかったかい?」 「所長。今回の着手金はそれなりに高いんですよね?」  秋森は所長の質問に返すことなく、所長のデスクの前まで進んで話した。そして睨んでいる。 「そうだね。彼からの要望で君を選んでいるから。もちろん成功報酬も高いよ」  話を聞いた秋森は所長のデスクに手をついて、少し難しい顔をして考えた。それからまた所長のことを睨む。 「やっぱり、受けないの?」  秋森が考え込んでいるので所長までそう思っていた様子。当然前島もそうだった。  しかし対する秋森はふと笑ったかと思うと「受けます」と答えていた。  予想外だったので所長と前島は驚いて言葉もない。目を丸くしていた。そして一旦落ち着いてから。 「勝てるのかい?」 「あたしですから、負けることは有りませんよ」  自信有り気に笑いながら秋森は所長室から離れた。  しかし、前島はその姿を見て疑問を浮かべている。なので「ちょっと」と言うと秋森の腕を引っ張って相談ブースのほうへ向かった。 「所長のことを騙してません?」 「なんのことかいなー」 「しらばっくれてもわかるんですよ。負けはしないってことは、勝てないってんじゃないですか?」  秋森はお茶目な顔をしていたかと思うと、前島の言葉で真剣な顔に戻った。 「流石、前島でないの。そういう言い方も有るかもしれない」 「負けることを前提に戦って、依頼人の不利益になったら問題になりますよ。それに秋森さんの経歴にも傷が付きます」 「傷なんて気にしないけど、あたしだってそこまで馬鹿じゃない。まあ、黙って協力しな。楽しくなるよ」  ポンポンと前島の肩を叩いて秋森は自分のデスクに戻った。それは依頼人のことを調べるためでも有る。  もちろん前島もこれ以上文句を言わないで、秋森の仕事に協力する。
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