異端弁護難

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 弁護士事務所で眉間にしわを寄せて険しい顔をしている人間がいる。それは別に訴えられたものではない。その逆だ。  秋森穂乃果は優秀な弁護士だった。事務所でもエースと言われるくらいの稼ぎ頭になっている。そんな人が今は退屈そうにしながらもにらんでいた。  その横にはパラリーガルの前島芳樹座っている。それでも彼が怒られている訳ではない。前島は真面目な男なので秋森のことを怒らすことなんて無い。ときどきにしか。 「怒らんといて」  いつまでも自分のほうに視線があるので、場を和ませようと前島は弱々しくも秋森を見てからお茶目に話した。 「つまらん」  カエルを睨んでいるヘビの彼女が呟いた。まだ腕を組んでいて、その目つきはとっても怖い。 「どうしたんですか。このところ依頼が続いてるから、忙しいくらいでしょ?」 「そーなんだけど。なんか、最近の依頼って偏ってない?」  確かに考えてみると面倒な案件が続いている。ネットの世界で騒がれている事が多い。なので一部で秋森は有名にはなっていた。  更に秋森は裁判によらない解決法を探すので楽だと評判なのも人気なのだった。 「ちょっと、秋森さん。お呼びですよ」  前島に言われ見ると、所長室からは小さくなりながらも所長が秋森のことを手招いている。秋森は前島を連れ立って所長室に殴り込む。 「今の話を聞いていたんなら、改善案が有るんですよね」  全く遠慮なんてしらない様な秋森は所長を前にタンカを切っている。もう前島は天を仰ぐしかなかった。 「聞こえてたよ。君の声は響くから。だけど、呼んだのは依頼があったからだ」 「お断りします!」  即答以外の言葉が無かった。秋森は全く考える暇もなく返答をした。 「聞きなさいって」  特別なことではないので所長もため息をつきながらも慣れた様子で答える。 「良くない依頼でしょうからね」 「まあ、そうなんだけど。依頼は君を指名してるんだ」 「面倒だから、断ります!」  秋森の決断は違わない。でも、そんなことを「はい。そうですか」都は所長も聞かない。聞いていたら秋森の好きに仕事を選んでしまうから。 「相手は最近有名な動画配信者なんだ。事故に会ったようでね。相手のほうが悪いんだが、補償に対して納得してないらしい。だからネットで有名になってる君に指名が有ったんだ」 「余計面倒そう。断ります」 「基本的には被害者となるんだから、そうは難しくないと思う。話だけでも聞いてみないかい?」  所長のほうも引かなかった。秋森の「断る」と言う言葉をスルーをして話していた。 「と言うか、そんなの保険会社の弁護士に任せるべきでしょう。そうならないで、所長が断りたくない理由は別に有るんじゃないですか?」  優秀な弁護士である秋森なので、その辺はちゃんとしている。所長も図星だったので困った表情になっていた。 「まあ、その。依頼人は動画配信者だから、断って悪い噂を流されてもだな」  どうにも歯切れの悪い話し方をしているが、つまりは事務所の評判に関することなのだろう。それは運営上仕方がないとも思える。 「ホラ。それは保身でしょ。ヤダナー。やっぱり断りたい」  もう秋森は駄々っ子の様になっていた。その姿を見て、前島と所長が同時にため息をついている。 「取り合えず会って話を聞いて、それから秋森くんがやんわりと断ってくれよ」  どちらかと言うと所長のほうから頼むようになっている。これは前島はどちらの味方をすべきかと考えた。 「秋森さん、今はほかの依頼が無いんですから会ってみるだけでも」  丁度秋森は抱えていた仕事が無かった。暇をしているくらいだから。なので前島は所長のほうに付いていた。  そして今は暇だったのは秋森自身もわかっていた。秋森はこの仕事が好き。だから暇は天敵でもあった。 「じゃあ、聞いてみるだけだよ」  気の進まない返事をしたが、所長は救われたとばかりに直ぐに依頼人に連絡を取った。  秋森に暇な時間が無くなる。翌日には依頼人との打ち合わせの予約になった。  あくる日も秋森はあまり良い顔をしていない。どう考えても良い依頼じゃないだろうから。 「やっぱ、断ろう。前島! やんわりと断る方法を考えといて」  会う前からこれだ。もう前島のため息の数なんて考えられない。 「話を聞く前から断る前提にしないでくださいよ。断り方は自分でお願いします」  文句で返しながらも、前島はちゃんと断り方を考えていた。こんなところが便利な男でもある。  相談用のブースに依頼人と秋森たちが揃った。しかし、普通とは違った風景がそこには広がる。 「これはなんの準備なんですか?」  依頼人は数台のカメラを設置していた。それを不思議そうに秋森は眺めながら聞く。
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