3人が本棚に入れています
本棚に追加
「紗綾っ、てめえっ、覚えてろよ! 絶対っ、いつか、やり返すっ」
ペダルを一漕ぎするのにもぜいぜいと息が切れる。
俺の恨み節を、すぐ後ろの自転車の荷台に横座りした紗綾が「あっははは!」と気持ちよく笑い飛ばした。
まだ早朝だというのに、アスファルトを囲うように繁った大きな木からセミの合唱が降り注いでいる。
この夏は暑くなりそうだ。
この田舎町に住む人が駅に行くには、必ずこの坂を上らないといけない。
車を使える大人は気にならないのかもしれないが、俺たち高校生にしてみたら、なんでわざわざこんな急坂のてっぺんを駅にしたのか全く理解ができない。誰か知らないけど公務員の偉い人、頼みますよ。少子高齢化が進むこのド田舎において貴重な未成年が被害を被っているんですが。
……とは言え、高校二年の夏休みという輝かしい時間の初日を紗綾の送迎に使うハメになったのは、半分くらい自分のせいだ。
「ほら、スピード落ちてるよ。負け犬の廉くんは頑張って漕いで」
「うるせえ、なっ、指図すんじゃ、ねえよ!」
「『期末テストで勝負しようぜ』って言ってきたのは廉の方じゃん。負けた方が言う事聞くんでしょ」
「うっ……けどこんな大荷物は聞いてねえー!」
「がんばれー」
紗綾は笑って後ろから俺の肩をバシバシ叩いてご機嫌に鼻歌を歌っている。こっちはすっかり汗だくだというのに、これじゃまるで貴族と従者だ。
紗綾の言うとおり、期末テストの点数での勝負を持ちかけたのは俺だ。
だって、勝てると思ったのだ。紗綾とは小さい頃からの仲だけど、こいつは昔からやる気のムラがすごかった。授業中にふと紗綾の方をみると全然授業と関係ない小説をこっそり読んでいたり、開けた窓から教室に入り込んだトカゲをちょんちょん突っついていたり、全く集中していない姿を何度も見ていたから、てっきり成績も大して良くないと思い込んでいた。
だから、俺はすっかり騙された。
全科目の試験結果が出揃った日、必死に一夜漬けした俺の点数を紗綾は軽々と超えた。というか、紗綾の点数は学年トップだった。
頑張ってやっと平均点を超えた程度の俺となんて、はなから勝負にならなかったのだ。
「ま、まじかよ……」
教室の床に崩れ落ちた俺に向かって、彼女は満点の答案をひらひらさせながら厳かに宣言した。
「夏休み、旅行に行くから駅まで送ってね」と。
そして今日、二度寝の誘惑を振り切って眠い目を擦る俺の前に、馬鹿でかいボストンバッグとぱんぱんのリュックサックを抱えた紗綾が現れたってわけ。
最初のコメントを投稿しよう!