セーラー服

2/2
前へ
/8ページ
次へ
 レンズから目を離したときにはもう、目の前の景色はすべて失われていた。桜の木も、喧噪も、彼女のあどけない表情も見えない。  僕は再びまっさらな空間の中で立ちすくんでいた。 「かわいかったね」  隣から声がする。先ほどまで聞いていたよりも幾分大人びた声色だが、変わらず真夕美がそこに立っていた。ぼんやりとした顔つきと姿に戻ってしまった彼女が、どことなくからかうような口調で僕をのぞき込む。 「中学生の悠くん、緊張しててかわいかった」 「……そうかよ」  ――真夕美は綺麗だったよ。そう返せたらどんなに良かっただろうかと内心燻りながら、僕は彼女から目をそらす。夢という都合の良い世界で対峙してなお、僕は後悔してばかりだ。 「私のこと、ちゃんと覚えていてくれてうれしいよ」  また真夕美が僕の手を取り包み込む。やはり霞のようにつかみどころがない気がした。 「……もう、忘れたっていいんだよ」  顔を上げると、真夕美は少しだけうつむいてそこに佇んでいる。表情は見えないけれど、口元だけは相変わらず微笑んでいるような気がした。  僕は口を開くが、感情が渦を巻いてうまく言葉にならない。苦しい。喉に重たいものがつかえている気がして唾を嚥下する。  僕はこんなにも、必死でしがみついているのに。 「……僕は、忘れたくないよ」  結局絞り出した情けない声に、真夕美は顔を上げて小さく笑った。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加