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ただ単に物珍しくて近くに来ただけかもしれない。それにいくら僕が発情したからと言って、そのフェロモンは微塵も感じないはずだから、却って一人で欲情しているオメガに興ざめしてしまうかもしれない。それでも発情して意識を飛ばしたオメガをこのままにしては置かないだろう。奥の部屋に連れて行かないまでも、スタッフくらいは呼んでくれるはずだ。そう思って僕はそのまま意識を失った。
・・・で、どうなったんだろう?
気づけば僕はベッドに寝ていた。
最後の記憶は背後に立った人物を見て、目の前のアルファがいなくなったことだ。
その後は?
発情期はまだ終わっていない。
身体は火照ってだるい。でも大きな波が去ったのだろう。意識があるし、身体も落ち着いている。
今のうちになにか食べなきゃ。
僕の発情期は重い。
その期間はほとんど意識が飛び、食事もままならない。だから一人で過ごす時はいつも枕元に簡単に栄養と水分が摂れるようにゼリー飲料を置いており、大きな波の合間にそれを飲むようにしているのだけど、今回はいつもよりも身体が落ち着いている。
場所が変わったから?
いつもは自室だけど、今回は高級なクラブの部屋だ。ベッドもシーツも高級品。寝心地が全然違う。だからかと思ったけど、起き上がろうと身体の向きを変えた時にその理由が分かった。
後孔からどっと溢れるその感触。そしてシーツを濡らして当たるその冷たさに、僕の心臓が大きく脈打った。
お腹の中のアルファの精が、僕の身体を落ち着かせているんだ。
たしかに今回、僕はそのまま中に出して欲しいと要望していたけれど、それは本当に相手が見つかった時のことであり、半分以上は誰にも相手にされず一人で過ごすと思っていた。
じゃああの人、僕を連れて部屋に来てくれたんだ。そして僕と・・・してくれた?
そう思って隣に手を伸ばすとまだそこは温かかった。おそらくつい今しがたまでそこにいたのだろう。もし僕が香りを感じることが出来たなら、ここはその人の香りでいっぱいのはずだ。
きっと僕の身体にも香りが色濃く付いているだろう。
でも僕にはその香りは分からず、何も覚えていなかった。
それでも記録は残っているはず。
僕はタブレットを見た。
僕と一緒部屋に入ったのは『You』となっている。
「ユウ・・・さん?」
その人のプロフィールを見ると『38歳会社員』となっている。あとは身長や体重などが記されているだけで、写真とかは無い。そもそもこのクラブは基本的にバーフロアで相手を見つけてから奥の部屋に行くので、写真を載せる必要が無いのだ。
オメガで初めから奥の部屋で相手を待つ場合は写真を載せている人もいるけど、アルファはほとんど載せていない。表立ってはされていないけど、ここでもやはりアルファの方が優位で、オメガはアルファに選んでもらう立場なのだ。
だから余計に、僕みたいな訳ありオメガは選ばれないと思ったけれど・・・それともあの時の人じゃないのかな?ただ僕をここに運んだだけで、後から違うアルファが来たのだろうか。でもそれなら記録が残っているはずだ。
オメガが待つ部屋にアルファが入るには一緒に入るか、タブレットで申し込みをしてそれにオメガが応じた場合のみだ。
ここには申し込んだアルファの記録も、それに応じた記録もない。つまり、一緒に入ってきたことになる。
あの人が僕を抱いてくれたのだろうか?
すごく身体は満たされているし痛いところもない。それによく見たら寝具は替えられているし、ちゃんと身体もキレイになっている。
後ろに立っていたので顔は見えなかったけど、あの人、僕をすごく丁寧に扱ってくれたんだ。
そう思ったら、なんだか胸がいっぱいになった。でも何も言わずに行ってしまったことが少し寂しい。身体はすごく満たされたけど、心が少し苦しくて、僕はもう一度その人のプロフィールを見た。でもやっぱり特別なことは何も無く、背の高い38歳の会社員としか分からなかった。
もう会えないのかな?
そう思ってその人がいたであろう隣に身体をずらすと、まだ残るその人の温もりが身体を包み込む。すると身体の奥がじんじんしてきた。
まだ発情期は終わっていないのだ。
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