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「とても辛そうなのに、不思議ですね。フェロモンを全然感じない」
そう言いながら僕の前に座ったその人は、持っていたグラスをテーブルに置いた。その手元を見ながら、僕は首に巻かれたチョーカーを触った。
「・・・訳ありのオメガはお嫌いですか?」
そう、僕からはフェロモンが出ていない。いや、出ているけれど、他人には感じないのだ。ただ一人を除いては。
「ここ以外ならお断りだけど、俺はこのクラブを信用しているからね」
ここは超がつくほどの高級クラブだ。身元調査は完璧なので、のちのちトラブルを起こすような会員はいない。つまりフェロモンを感じないオメガであろうと、なんの問題もないのだ。
熱が上がってぼやけてくる目で相手を見る。
顔もスタイルも悪くない。
そろそろ限界だ。
今回はこの男と共に過ごすか・・・。
そう思ったその時、背後に別の気配を感じた。前に座る男も僕の背後を見上げる。とその時、ピリッと肌がひりついた。
その感覚がゾクリと肌にまとわりついたと思ったら急に目の前の男が立ち上がり、グラスもそのままに足早に立ち去ってしまった。
・・・・・・?
何が起こったのかと思ったけれど、発情が加速的に進み、僕の意識はそこで途切れてしまう。
普通ならこんな状態で人前に出ることは危険な行為だけれども、僕はさっきの男が言った通りフェロモンを無闇に撒き散らしたりしない。なぜなら僕は、番を持っているからだ。
それでもこのクラブの会員になれるのは、たとえ番を持ったとしても、その相手と一生を共にするとは限らないからだ。
永遠を誓った愛だって、終わりを告げることがある。それに望まぬ事故で番になったりと、たとえ番を持ったとしても、それが一生涯続くとは限らないのだ。けれどそんな様々な理由でパートナーを失ってしまっても、オメガが番にできるアルファはただ一人だけ。その上別れてしまっても番の契約は切れず、番以外のアルファはフェロモンを感じられない。
それでも人である以上、人生を共に過ごしてくれるパートナーを求めてしまうのはあたりまえのことであり、責められることでも無い。だからたとえ番がいても別の人と結婚をすることが出来るし、こういう場に番持ちのオメガがいても決しておかしくは無いのだ。ましてや厳しいとされるこのクラブの審査を通ったのなら、なおのこと身元はちゃんとしているはず。
ただ、オメガ性としてはやはり劣ってしまうので、それでも構わないというアルファがいればの話だ。
オメガの魅力はなんと言っても他の性・・・ベータやアルファとはなれない番になれることだ。それもできず、フェロモンも感じることができない上に、子供も出来にくいとされている。そんな相手でもいいと言うアルファがどれだけいるのか。
アルファは独占欲が強い。そのため、やはり自分だけの番にしたいし、普通に考えて子供も授かりたいだろう。それに何より、フェロモンの存在は大きい。フェロモンを感じないオメガの魅力はきっと半分以下だ。
それでもオメガにはパートナーが必要なのだ。
一人で生きていけるオメガもいるだろう。だけどそれがままならないオメガもいる。どんなに努力しても報われず、また努力すらさせてもらえないようなオメガが。
僕のように。
生きていくのなら、僕はどうしてもパートナーが必要なのだ。それもできるだけ早く。だからここに来たのだけど、思ったよりも発情スピードが早くて相手を慎重に見極めることが出来ない。
でも、身体から始まる関係もあるよね。
僕はそう開き直った。
さっきの男ではないけれど、僕もこのクラブを信用している。相手のアルファの身元ははっきりしているし、ハイクオリティの者ばかりだ。こちらが一方的に被害を被ることはないだろう。それに事故が起きないように、オメガはピルの服用とうなじを守るチョーカーの装着を義務付けられている。
だから今は、この身体の疼きを沈めてもらいたい。けれどこの男は、僕を選んでくれるのだろうか?
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