訳ありオメガと完璧アルファ

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あのクラブの会員になったのは実は最近ではない。前の会社の先輩に紹介されて会員になり、年会費は払っていたものの(オメガの会費はそれほど高くない)、実際に足を運んだのはこの前が初めてだ。 もっと通おうかな。 せっかくだから色々なアルファと知り合って、相性を確かめたい。こんな訳ありな僕でも、もしかしたら気に入って入れる人がいるかもしれないから。 そう思ったけれど、僕はなかなかクラブに行けなかった。 仕事は忙しくない。所詮オメガ枠の仕事だ。残業などなく、毎日定時で帰れる。ではなぜ行かないのか。それはユウさんが気になったからだ。 もしユウさんも僕をお気に入りに登録してくれていたら、彼が入店したら通知がくるはずだ。だからその通知が来たら行こうと思っていたのだけど、未だその通知は来ていない。 ただ単に忙しくて行っていないだけか、それとも僕はお気に入りに登録してもらえなかったのか。 やっぱり訳ありオメガはダメなのかな。 そう思うと、クラブへは行けなかった。 だけど、と僕は思う。 確かにユウさんとは身体を合わせはしたけれど、実際に話したこともなければ顔すらも分からない。ましてやその行為自体を覚えていないのだから、それは全くの他人と同じでは無いか。ならば別の相手を探せばいい。もっとクラブへ行って色々なアルファと知り合えばいいのだ。 だけど、なんでかな。 もう一度ユウさんに会いたい。 身体に残るユウさんの記憶が、僕の心を締め付ける。 僕が覚えているのは断片的で、あとは僕にしてくれた彼の痕跡だけ。 意識の無い僕の身体を綺麗にしてくれて、寝具も替えてくれていた。それに僕のお世話も。 それは優しさなのか、義務なのか、それとも何事もきちんとしないといられない性格だったのか。 分からないど、どんなに思い出しても不快な記憶はなく、どれも優しかった。 アルファとはほとんど関わってこなかった僕にとって、僕は彼らにあまりいいイメージを持っていない。 勝手に耳に入ってくるオメガへの不遜な態度の話や、実際に見下された経験から、アルファとは高圧的で傲慢なイメージだ。 もちろん全てのアルファがそうだとは思っていない。僕のうなじを噛んだアルファはとても優しくて尊敬できる人だ。でもそんな人は稀だし、こんな欠陥だらけの僕を気にかけてくれるアルファなんて皆無だと思っていた。 だけどユウさんは、僕に優しくしてくれた。 ほとんど記憶が無いのに、僕は不思議とユウさんは優しい人だと思っている。なぜだろう。ほとんど覚えていないはずなのに。 実際のユウさんの痕跡だって、どんな思いでしてくれていたかなんて分からないし、僕の覚えていないところでもしかしたら酷い扱いをされていたかもしれない。なのに、なぜか僕の中にはユウさんの優しさだけが残っている。 だけどそう思う心とは反して、頭ではそんなことは有り得ないと思ってしまう。そんなアルファいるわけがない。僕が覚えていないことをいいことに、勝手に記憶を作っているんだ。 人は都合のいいことしか覚えていない。だからきっと僕も、いいことだけしか覚えていないだけ。 頭ではそう考えても心はそう思えず、ユウさんにまた会いたいと願ってしまう。だからユウさんが入店したらもう一度行こうと思っていたけど、そんな通知は一向に来ず、いい加減忘れようと思い始めていた。 別のアルファを探さなきゃ。 そう思ってもユウさんをお気に入りから外すことが出来ず、そのまま時間だけが過ぎていった。 そんなある日の昼下がり、お昼休憩を終えたあたりから顔が火照っていることに気づいた。 発情期? 前回の発情期からまだひと月と経っていない。だけどこの感じは、発情期の前触れだ。 身体は正直と言うことか・・・。 もともと僕の発情期は安定していなかった。 三ヶ月に一度の大きな発情期に加え、なぜか小さな発情期がその間に何度も起こるのだ。 普通の発情期が一週間くらい続くのに対し、その発情期は一日で終わる。けれど身体から放たれるフェロモンは通常の発情期のものと変わらず、周囲のアルファを惑わせてしまう。
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