5 賀茂家の人間

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5 賀茂家の人間

落ち着いた上品な佇まいに、家柄を象徴している家紋が彫られたバッチを喪服の様な黒の背広の襟につけている三十代の男だった。灰色の髪色は冷たい表情と相まって、冷然とした冬の様な空気を纏った賀茂の雰囲気に合っている。 「ああ、いきなり声を掛けてすまないね、徹君の姿が見えたから、つい」 「平気っすよ! それより、雪姫(ゆきひめ)の冷気涼しくて良いっすね」 今日は夏の中でも猛暑であり、シャツが体に気持ち悪くへばり付くほどの気温だ。 一ノ瀬は朝から半袖のシャツ姿で汗を額に滲ませ、早良は寒がりであったため食堂や部署のクーラーで身体を冷やさないように背広を前のボタンを空けて羽織りそれでも汗でシャツが肌に張り付いているのだが、賀茂は暑苦しい黒の背広の前を開いて中にベストを着ているにも関わらず汗ひとつなく涼しそうに見える。 「われはくうらあでないぞ」 霜が降るような冷え冷えとした声が響くと、吹雪が渦を巻き、白い着物姿の女が突如賀茂の横に現れた。白く輝く腰までの長い髪、白い着物には綸子の特徴のさらっとした光沢が輝いていた。彼女の氷のように冷たい雰囲気ととても調和のとれた風貌だ。 しかし、その出来事は一ノ瀬や周りにいた職員の目の前の出来事であり、すでに早良だけは男が姿を現した時から雪姫を横に連れ歩いているのに気付いていた。  高位種の妖、雪女か、流石歴史ある賀茂家の者だ。早良は雪姫を観察するように見据えた。 「む? おぬしよい目をもっておるな」 見鬼に気付いた雪姫は早良の顔に氷のように冷たい手で触れる。早良はその冷たさに一瞬顔を顰めた。 雪姫! と賀茂が注意する声に雪姫はつまらなさそうに早良の顔から手を離した。 「すまないね」そう言って、賀茂は初めて早良に視線を向けた。 早良は賀茂と初対面の為、挨拶をしようと姿勢を正すと人の良さそうな笑みを顔に浮かべる。その様はまるで純白な百合の花が咲き誇るように美しいものだった。その際に廊下を歩いていた職員がどこかに駆け込だ様子や、その場で目眩の様なものを引き起こしていた原因は、いうまでもない。 「初めまして、陰陽課陰陽師の早良知親と申します」 賀茂は早良の顔を見て、一瞬驚いた表情を浮かべた。その表情は「どうして君が」という戸惑いを顔に滲ませていた。
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