1 亡き人の思い出

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1 亡き人の思い出

春の陽が大きな窓から差し込む。その陽を受けながらソファに座って話している兄弟がいた。ソファの下に敷かれている絨毯の上に黒い狼のような大きさの犬が伏せている。薄く目を開き、主人の男と彼の弟を見つめている。 彼らがいるリビングはとても穏やかな時間が流れていた。 一人はすでに成人した整った顔立ちの青年で、もうひとりは彼より十ほど歳が離れた、青年と似た顔立ちの少年だ。 「優子と俺の赤ちゃんが生まれるんだ」 そう言って、兄は優しく弟の頭を撫でる。兄は無邪気に笑っている。 「赤ちゃんを早くお前に見せたいってさ」 「どれが赤ちゃん?」 「ははは、そうだね、真ん中にいるよ」 体内に宿る子のエコー写真を弟に見せる。まだ小さな命を弟のほうは目を輝かせながら凝視している。口元には、まるで自分に弟が出来るのをまだかまだかと待ち望んでいるような、そんな笑みを浮かべていた。 「お兄ちゃん、赤ちゃんの名前は?」 「え? あー、まだ考えてないな」 愛おしい人の体に子が宿った事がよほど嬉しかったのだろう。名前を考えている最中らしく、弟に言われて答えられない様子だった。 「よし! 次の休み俺の家に遊びこいよ、それで一緒に名前を考えてくれ!」 弟は嬉しそうに「うん!」と返事をした。 兄が家に帰るのを見送る時、弟はなぜか嫌な気がした。 いつも兄を困らせる自分のわがままだろうか、と母によく言われるその言葉で片付けてしまった。 しかし、その勘は最悪な形で現実となった。 ―――「次の」と弟とまた会う日を約束し、妻と子との未来を楽しみにしていた兄は彼らを残して亡くなった。 殉職。警視庁公安陰陽課に所属していた兄は、任務先で鬼によって殺された。 無残な姿で発見された兄の遺体を弟は骨になった姿しか見れなかった。 兄の持つ式神の黒い犬神は、その事件後陰陽課の総員で近辺をくまなく捜し、呪力を辿ったが、兄の式神は彼らが探すことの出来ない場所へと消えてしまった。 「僕の傍にいて」 兄の葬式後、リビングのソファにうずくまってそう呟いた幼い弟の前に犬神が現れたのは、まるで兄の「次の」の再会を代わりに受け継いだかのようだ。 弟は兄が残した犬神を自分の式神にする方法をしらず、飼い犬の様に扱った。兄のような存在である犬神を弟は大事にして、日々を過ごした。 そして、月日が流れたさきでも犬神は彼の隣に在り続けた。
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