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本当のこと
思わず強く体を押し返す。
「なんなんだよ、あんた!いきなりこんなこと」
つかみかかろうとするが、そっと躱される。それどころか、ドアにロックをかけられてしまった。
「悪いね。まあこっちにも理由があるからさ」
そう言って不敵な笑みを浮かべ、奴は車の運転を再開した。
「なんで…だってあんた、芸能人だろ?なんでタクシー運転手なんかやってんだよ。ありえない」
「まあどうにでもなるもんだよ。まあ明日の3時から仕事だから、それまでにケリをつけたいけどね」
「ケリって…」
「お前と、アイツの不貞行為について、だな」
顔がカアッと熱くなる。
(どうやって知ったんだ?結城さんの部屋でしか会ってなかったし、部屋の外で会ったことなんかほぼないし、契約のことは口外しない約束になってたのに…)
「おい、全部口からでてんぞ」
「えっ」
慌てて口を押える。
「あいつのクソ性癖は昔からだ。んで、あんたみたいなガチ恋勢に手を出して、本気にならせて、そんでポイ捨て」
「そんなのわかってる!!!」
大声で叫んで、耳をふさぐ。これ以上、男の話を聞きたくなかった。
「わぁってる、そんなこと…昔からそうだ。高校の時からそうだった。でも偶然再会して、誘われたら、もう駄目だったんだ。馬鹿だろ?笑えよ。もういいよ。お前の望みが何だか知らないけど金だってなんだってくれてやる。もう死んでもい…」
「死んでもいいわけねえだろ。生きるんだよ」
「…」
「職業を男娼だって偽って、あいつから金取ってる人生、楽しいか?」
「…それでも楽しかったよ。だって僕はあの人の前でなら、笑顔でいられたんだ」
他に楽しいと思うこともない生活の中で、彼に抱かれると、僕は幸せだった。彼に嘘の職業を伝えて、「じゃあ、抱かせて」と言われたとき、神様はいるんだと思った。そして抱かれたとき、奇跡だと思った。そんな奇跡が6年も続くなんて、ありえないほどの僥倖だ。それがお金でできた幸せであっても構わなかった、はずだった。
「結婚なんて聞いてない!僕は…遊ばれてるとわかってたけど、そんな、誰かのものになるなんて聞いてなかった」
おかしい。あのときはまったく涙が出なかったのに、僕は嗚咽してむせび泣いていた。
「好きなんだ…好きだ…好きだ結城さん」
タクシーが突然止まった。
「着いた。降りろ」
「えっ…」
泣いていたから気付かなかったが、そこはあまりにも、見覚えのある場所だった。
「ここ、結城さんのマンションだ」
「そうだよ。じゃあ悪いが、紫月…」
次の瞬間、タクシーのドアが開いて、僕は黒ずくめの男たちに攫われた。抵抗しても、羽交い絞めにされた体はまったく動かない。
「あーあ、大馬鹿な紫月くん。俺の負けだ」
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