〜*〜*〜 突然の別れ 〜*〜*〜

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〜*〜*〜 突然の別れ 〜*〜*〜

   〜*〜*〜 突然の別れ 〜*〜*〜  兄の椿が、高校を卒業してすぐに失踪した。  樹はソレがショックだった。 「椿が帰ってきたら、今度は僕が支えにならなきゃ」  そう思い、様々な飲食店やサービス業でアルバイトをした。  大学に入っても、それは変わらず続けていた。  樹はきれいな顔立ちをしているが、笑うと少し幼く見える。  よく気が付き客の受けも良かった。  女からも男からも後を立たず告白された。  一見充実した学生生活に見えたが、樹の心の中にはいつも突然目の前から消えた椿の事があった。 「どうして僕に何も言わずにいなくなったんだろう」  兄弟仲は良かったはずだ。  普通と違うことと言えば、椿は養子で自分は香山の子だった。  だが両親は、世間の兄弟と何ら変わらず育てていたと思う。  もう一つ理由があるとすればこれだ。  樹の幼馴染の【松坂景虎】という男が椿と将来を約束していた。  この男の家は極道を生業としていた。  景虎は一人息子で、当然組の跡を継ぐであろう。  その事で悩んだかとも思ったが、ここも仲良くやっていたと樹は思っている。    考えれば考えるほど「なぜ……」という気持ちが膨れた。  早く社会を知るために始めたバイト、言い寄られても恋人を作る余裕なんてなかったが、大学三年になった頃両親が外国で勤務をするというので広い一軒家に樹は一人で暮らす事になった。  その頃レストランで一緒にウエイターのバイトしていた【坂口修二】という男にしつこく言い寄られ、少し人恋しくなっていた樹はソレを受け入れた。  それから二人は半同棲のような付き合いを始めた。  何故【半】なのかというと、椿がいつ帰って来てもいいように家は空けたくなかたからだ。  修二は、誰のアプローチも跳ね除けていた樹が自分の手に落ちて、始めこそ浮かれていたが半年もたたないうちに、樹と自分との気持ちの温度差に浮気をするようになった。  その頃、修二が酔っ払って誰かから貰ってきたのが【リリー】だ。 「犬なんか貰ってきてどうすんの! 誰が面倒見るんだよ。二人共仕事してたら置いていかなくちゃなんないんだよ?」  事もあろうか、酔っていて誰に貰ったのかも覚えていないと言う。  犬なんてものに触れたこともなかった樹は戸惑った。  子犬だとは思うが月齢もわからない。  そして案の定、修二はリリーの世話を一切しなかった。  しかし、樹にとっての初めての犬は、自分では理解できない程の愛を注ぐに足る相手だった。 「この子には僕だけが頼りなんだ。寝るのも食べるのも遊ぶのも……。ホントになんて可愛いんだろ」  修二のマンションと樹の実家とを行ったり来たりするリリーとの生活は殊の外楽しいものだった。    しかしある日、マンションに戻ると修二は女を連れ込んでいた。 「僕が寝ているベッドで……」  浮気をされたショックより、その事の方がずっと嫌だった。  裸の二人がいる横で、すぐに家を出る支度をしている樹に修二は言った。 「お、お前が悪いんだぞ。全然セックスもさせないで、こんなの付き合ってるって言うのかよ」  流石に頭にきた樹は言い返した。 「僕は初めから、そういう事は好きじゃないからって言ったじゃないか、それでもいいって修二は言ったよね?」 「それは……恥ずかしがってたのかと思ってたんだよ」 「恥ずかしいって……そう、うまく伝わらなかったんだね。リリーは僕が連れていくからね」 「ふざけんな。そいつは俺が貰ってきた犬だ、やるわけないだろ!」 「え?」  確かにリリーは修二の犬だ。  今思うと、そう言えば樹が留まると思ったのだろう。 「ちゃんと、面倒みてね」 「え?」  樹は、涙を飲んでリリーを置いて出た。 「リリー、ごめんね」 「お、おい ほんとに別れるのか」 「クゥーン」  リリーが鼻で泣く声に後ろ髪を引かれながらマンションを後にした。 「ごめんね」「ごめんね」    樹は心の中で何度もリリーに謝った。  
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