〜*〜*〜 突然の別れ 〜*〜*〜

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  「樹くん……。リリーちゃん すごく心音が弱くなっていてね、状態はよくない。年齢的にもこのままだと朝まで持たないかもしれない。ここは……難しいところなんだけどね、色々やって無理矢理命を延ばしても、沢山の器具に繋がれて、その時には多分君のこともわからなくなっていると思うんだ」   「え? ちょっと待って下さい。死んじゃうってことですか?」  院長は樹の手を取って話し続けた。   「設備の整った病院に転院するという手もあるけれど、この感じだと行く途中で……。今ならまだリリーちゃんは君の声やニオイがわかるでしょ? それを感じながら送ってあげることができる。どうだろう……飼い主さんがどうしたいかなんだけどね、私達は待っているからよく考えて」  院長は、デリケートな所を遠回しに言うため、樹には初め何を言われているのかよくわからなかった。  夢の中のことのようですぐには言葉の内容が理解できなかった。    ――年は……そう、もう十歳を超えている――  ――覚悟はしていた――    え? 覚悟……覚悟って何だ? まだ十歳じゃないか!  そんなモノあるわけがない。  今日の昼過ぎまで何も変わった様子なんてなかったんだから。  そんな事急に言われても、何も決められずオロオロするばかりだ。  もっと色々考えておけばよかった。  しかし、そんな後悔をしてみても何にもならない。  お腹でも壊していて、ちょっと入院したらまた元気になって一緒に帰るんだと……そう思っていた。  でもそうじゃないんだ。  樹は居た堪れず立ち上がった。 「先生、リリーに会わせてください」 「そうだね、こっちだよ」  中に入ると、さっきの男がリリーの口に酸素マスクを当てていた。  呼吸が浅く短く苦しそうだ。  樹は、リリーの側に寄り頭と身体をなでた。 「リリー わかる? いっくんだよ、元気になって一緒に帰ろうね」 「クゥーン クゥーン」  と言いながら起き上がろうとする。   「ご主人に心配させないように頑張っちゃうんだよ。一杯撫でてやって、休んでいいんだよって」  苦しそうなリリー。  朝は元気だったのに。  でもそういえば最近少し食欲が落ちていたかもしれない。  心配掛けないように、元気なふりして頑張ってたんだ。  何も気づかずにいた自分を責めるが、今更どうにもならない。 「起きなくていいんだからね。いい子だね、よく休むんだよ。早く良くなってお家に帰ろうね」  身体を擦りながら懸命に話しかける。  そうしている間にも呼吸はどんどん早くなる。  意識が無いようにも見える。  こんなのリリーが苦しいだけだ。  いろんな事が頭をグルグル駆け回ったが、行き着く答えは一つだった。 『リリーに苦しい思いはさせたくない』  少し経って樹は決意した。 「先生、リリー……このまま……ゥグッ」  この先の言葉が出せず涙だけがこぼれた。  何か作業中だった院長が手を止めて樹を見た。  「わかった。……そしたら奥に用意するから君の膝の上で抱っこしてあげなさい」  樹は診察室とは別の応接室のような所に座らされた。  点滴や色々な器具を外して毛布に包まれ大事に抱えられてきたリリーを樹は膝の上で抱いた。  どれくらいそうしていたのか……。  今までの楽しかったことが思い出された。  何年も一緒にいたのに、それは一瞬にも思える日々。  こっちに越してからは、リリーのお陰で何とか一人でもやってこれたようなものだった。   「ありがとうリリー、ありがとう、ずっとずっと愛しているよ。また一緒にお散歩行ってたくさん遊ぼうね」  そう言いながら、何度も何度も顔を撫で頭から身体にかけてを撫でた。  空が白々と明けてきた頃、フッとリリーが顔をあげ樹の鼻を舐めた。 「ワン!」  と大きく吠えた。  「ん? どうした?」  と樹が聞くと、樹の鼻をペロッと舐めて「クゥーン」と鳴いた。  そしてその後段々と力が抜けてリリーの身体が重たくなっていった。   「え?」  ……うそ。 「リリー? リリー?」  何度も名前を叫ぶ樹を見て、院長が側に寄り聴診器を当てた。 「リリーちゃんよく頑張ったね。もう苦しくないからね、天使が迎えにきたよ」  そう言って院長はリリーの頭から身体をゆっくりと撫でた。  
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