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……あっけない。
命ってこんなにあっけなく終わるんだ。
今まで誰の臨終にも立ち会ったことのない樹は暫く呆然としていた。
膝の上にリリーを抱いたまま……何処かを見ていたが何を見ていたのかわからない。
何かを考えていたが、何を考えていたのかもわからない。
先生方は二人共何も言わず、遠目にソッとしていてくれていた。
……どれくらいそうしていたのか。
「葉月、樹くんの家まで一緒にリリーちゃん送って行きなさい」
樹は、院長のその声にハッと我に返った。
「あ、すみません、あの……大丈夫です」
『そうだ、いつまでもここにいるわけに行かないんだ』
そう言って立ち上がろうとしたが、リリーをずっと抱いてた足は痺れ、腰が抜けていた。
「大丈夫じゃなさそうだよ。俺が抱っこしていくよ、それとも車出す?」
そう言って肩にそっと触ってきた。
「いえ、歩いてすぐなんで、じゃあすいません、よろしくお願いします」
これ以上迷惑を掛けたくは無かったが、自分にその力が残っていないことを認めるしか無かった。
葉月が樹の家まで抱きかかえてきたリリーは、二階のリリーの定位置にある大きめのクッションの上に寝かせてもらった。
「あの…… ありがとうございました。今お茶でも入れますね」
院長が『葉月』と呼ぶその男に言った。
「いや、すぐ失礼するから。あの……大丈夫? しばらくはキツイだろうけど……」
そう言って男は階段を降りていった。
「あの……本当にありがとうございました」
店の裏口まで男を見送った後ろ姿にそう言った。
扉を閉めようとした時、『フワッ』と頬に風があたった。
何だかリリーに呼び止められてる気がして後ろを振り向いた。
いつもリリーを外で遊ばせる時に繋ぐ杭が目に入った。
そよそよと風が頬にあたる。
リリーが全身を包んでくれているような優しい風。
「うぅ……リリー」
樹はソコに座り込んで後から後から溢れ出る涙を拭えずにいた。
いつも樹が涙を流す時、必ずどこからかリリーが側に来て涙を舐めてくれた。
でもそのリリーはもういない。
樹は顔を上げて目に入った空を見て思った。
「夜二人で散歩に出るとあそこに月が見えたよね。あぁ、今日はたしか新月だ……リリー、静かに逝けたんだね」
生命は力が満ちる満月に産まれ、新月に還っていく。
リリーは自然に逆らわず旅立った。
部屋に戻り、リリーの横に座って顔を見ていたら知らないうち眠ってしまっていた。
どれくらい眠っていたのか、目が覚めると身体が重くて動かない。
「だるい……」
ずっと緊張していた反動か怠くて動けない。
一度は起き上がったが、また崩れ落ちてしまった。
「このまま僕も一緒に死ねたらいいのに……」
樹は、動かなくなったリリーの顔をただ見ていた。
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