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桜の葉の緑が濃くなり、梅雨が始まった。
桜が無いとかつての真澄を思い出さずに済んだ。そのためか隆太は真澄との交際を穏やかに楽しめている。互いの一人暮らしのワンルームは行き来したし、二人で見た映画も五本になった。
今夜は真澄の部屋に初めて泊まる。
「飲まないの?」
真澄はいつもアルコールを勧めてくる。その度に断ってノンアルを貰っている。
真澄の部屋は綺麗に片付いていて高校時代の彼女と重なったが、重ねてはいけないのだろうと理解し始めていた頃だった。
「一緒に寝よ」
隆太は気が重かった。
真澄が何かを焦っているように見える。こちらとしては高校三年間憧れ続けていたのだから今更焦らない。ふと、真澄は何故隆太に積極的に告白したのだろうかと知りたくなった。真澄は枕をぽんぽん叩いている。
「真澄さんはどうして俺を好きになったんですか?」
誘うのならこのくらい聞いたって構わないはずだ。緊張しつつ隆太はじっと返事を求めた。真澄は体の動きを止め、言葉も止め、静かになった。
かちり、と秒針の音が体にまで響いたように感じた。
「そんなの、理由はうまくいえないよ」
にこにこっと笑った真澄の笑顔が高校時代と全く違う。それ自体は構わない。過去の真澄は隆太とほぼ接点が無く、隆太を誘うのは今の真澄だけなのだから。
問題は、今のその笑みが嘘だということ。
やはり何かがおかしい気がしている。
「そういう隆太くんは?」
言えない。
恥ずかしくて言えないのではない。
二人の間に何か違いがあって、言ってはいけない気がしたのだ。
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