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秋になり桜の葉が鮮やかに紅葉した。
真澄は学生会に所属しているため、夏の終わり頃から十月の学園祭の準備に加わっている。学園祭デートは楽しそうだが真澄がやりがいを持っている事を応援したい。学園祭はバドミントンサークルの同級生達と回る事にした。
「学園祭、私と回らないの?」
真澄が突然不機嫌な声を出した。真澄が学生会を疎かにするとは思えず驚き、その不機嫌さにも驚いた。
「学園祭の準備をしているのかなって」
「学生会なんて辞めたよ」
え、と出かけた声を飲み込んだ。これ以上真澄を刺々しくしたくなかったのだ。
誘っていた友人達は快く、彼女と回れよと許してくれた。
校内をところ狭しと並ぶ模擬店で早速何か買おうとしたが、一通り見渡してからの方がいいという真澄に頷いた。同じポテトでも量や値段が違うし、焼き鳥だと味が違う。どれがいいかと二人でたくさん話した。
真澄が無邪気にリンゴ飴を指差す姿を見て、先輩という真澄が薄くなるのを感じた。
秋風が心地よく吹き抜ける午後、二人で空き教室で一休みする。隆太は大して疲れていないが真澄は少し肩を落としていた。二階の窓から真澄が見下ろすのは学生会のブース。少し悲しそうな目が気になった。
今までは踏み込まなかったが、真澄が先輩では無いと思えてきた隆太はついに踏み切った。
「どうして学生会を辞めたんですか?」
真澄がいつも通り嫌な顔をすると思ったが、意外にも彼女は穏やかなままだった。
「疲れちゃったの」
どさりと椅子に腰掛ける姿は今日だけでなく今までの疲労がずっと溜まっているようだった。
「それは……いつからですか?」
隆太の言わんとしてる事にピンときていない様子の真澄に、慎重に付け加える。
「大学に入ってからの疲れですか?」
真澄は気がついたようで瞳に怯えを滲ませた。隆太は胸が痛んだが今更引き返せず、進むしかなかった。
「高校生の頃から疲れていたんですか?」
俯いて何も言わない真澄を待っていたが、隆太は諦めて再び踏み込んだ。
「俺は一年生の頃、バドミントン同好会を部活にして貰った事を感謝しています。ありがとうございます」
真澄は弱々しくなった。
「それはバドミントンのみんなが頑張ったからできたんでしょ。私はきっかけでしかない」
「でもそのきっかけが凄く大事だったんです。真澄さんのおかげなんです」
真澄はもう嫌がる素振りを見せず、薄く微笑んだ。
「高校生の頃は今みたいじゃなかった。だから安心して」
隆太は安心した。二人とも、これがどのような安心かをうまく言えないから安心とだけ言ったのだ。
「私ね、ここの大学は第三志望だったの。いっぱい勉強したし、努力したけどさ。せめてここでも精一杯頑張ろうって学生会に入ったけど、なんか……合わなくて」
真澄の声が悲しくなっていった。
「私が何を言っても何も変わらないし、そのうち嫌がられないようにするにはどうしたらいいかって考えるようになって」
ぐす、とついに涙が溢れた。
「前に隆太くんをどうして好きかって聞いたよね」
隆太は苦々しく頷いた。
「彼氏がいたら寂しくないと思ったの」
隆太が心に鈍痛を受けるより早く、真澄は声を上げて泣き出した。
「ごめんなさい」
その姿は隆太の心より痛々しく、隆太は自分の心が少しずつ凪いでいくのが分かった。
悲しいけれど、ずっと絡まっていた違和感が晴れた事だけは嬉しかった。
学生会が打ち上げる小さな花火を見上げる真澄の顔はちょうど影になる。
「隆太くん……私と別れる?」
真澄は覚悟を決めているみたいだった。
「いいえ」
驚いて隆太を振り向く真澄の顔が、弾けた花火で少し照らされた。
「真澄さんが嫌じゃなければ」
「なんでそんなに優しいの?」
ひゅるる……と夜空に昇る花火の音にかき消されそうな泣き声。真澄の背に手を回して抱き寄せた。いつもならしない行動に真澄が驚くのが顔を見なくても伝わってきた。誰もが花火を見ているから気づかれないだろう。
「もう少し付き合わないと分からないです」
花火が咲いた。
高校三年間の長い想いが実ってからまだ半年。はっきり言ってまだまだこれからだ。三年間の恋が恋なのかも今となっては分からない。
今、真澄に触れている。
少なくとも次の桜の季節までは待とう。それからの事はその時に決めればいい。
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