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この世の中は、フェイクであふれている。
最近流行のフェイクニュースやフェイク動画といったものもあるし、昔ながらの偽パスポート、偽札、偽コイン、偽のクレジットカードもある。
商品のフェイクというものもある。偽ブランドのバッグや衣類、偽のワインに偽の高級時計……。
フェイクを作り出す詐欺師たちの手腕は、ますます磨きがかかっている。彼らは本物そっくりの商品を作るだけでは飽き足らず、ロゴやシール、パッケージまで本物そっくりに作り上げてしまう。
一流の詐欺師によるしかけは、ある種の芸術と言ってもいい。彼らの手にかかると、騙された人間は自分が騙されたことに気づくことさえない。死ぬまで気づかなかったといった事例もあるくらいだ。
フェイクと言えば、偽の美術品というものもある。偽の絵画に偽の彫刻のたぐいだ。実のところ、わたし自身もこうした偽の美術品を使った詐欺に関わったことがある……。
申し遅れたが、わたしの名前は山崎良太。二十八歳。静岡の片田舎に住んでいる。
詐欺に加担したのは、十年ほど前、まだ高校生だったころのことだ。ある男から大金を巻き上げたのだ。これはその告白文である。
詐欺を行ったと言っても、わたしはあくまでも従犯で、主犯は別にいた。詐欺を主導したのはわたしの叔父で、名前は柏木賢人という。
叔父はわたしの母親の弟にあたる人である。一風変わった人物で、定職を持たず、居住地も転々とし、時代劇に出てくる浪人のようにさまよい歩いていた。
それでいて、叔父はいつも高級な衣類で身を包み、金回りはよさそうだった。たまに会うことがあると、気前よくお小遣いをくれたりもしたものだ。
叔父のことが話題になると、わたしの両親はいつも顔を曇らせた。叔父がいかがわしい商売を行っているという噂が出回っていたからだ。叔父は若いころから素行が悪く、一家の問題児だったらしい。あちこちで詐欺を働き、警察に捕まって服役したこともあるらしかった。「三つ子の魂百まで」ということわざを地で行くような人で、今になってもペテン行為をやめる気配はないようだった。
わたしの母は叔父のひどい噂を聞くたびに呆れかえり、わたしにいつもこう言い聞かせた。
「いいかい、良太。お前は絶対に叔父さんみたいな人間になってはいけないよ」
ところが、母のそんな思いとは裏腹に、わたしは成長するにつれて品行が悪くなっていった。いつも不良仲間とつるみ、学業をおろそかにし、夜中まで遊び歩いた。万引きや飲酒など、様々な非行に走った。
当時のわたしは何でも自分中心に回っていると思っていて、世の中の人間を馬鹿にして下に見ているところがあった。周りからみたらおそろしく態度の悪い人間に見えたことだろう。
そんなわたしの荒れた生活ぶりを見て、両親は嘆き、将来を心配した。このままいけば、わたしには、反社会的勢力の一員となるか、刑務所暮らしをするかといった、暗黒の末路が待っているにちがいないと。
「まったく誰に似たんだろうね。そういえば、最近の良太は若いころの弟そっくりだよ。もしかしたら、弟が悪い影響を与えてしまったのかもしれないね」母はそうぼやいた。
叔父の影響がないと言えば嘘になるだろう。実際にわたしは叔父の自由気ままな生活、風来坊のような生きざまに憧れているところがあったからだ。叔父が様々な詐欺を行っているという噂を聞いても、顔をしかめるどころか、自分にもその手ほどきをしてほしいとさえ思ったくらいだ。
だから、ある日とつぜんに、叔父がわたしの家にやってきたとき、わたしは飛び上がらんばかりに喜んだ。
あれはある秋の日曜日、わたしたち家族が夕食をとろうとしていたときのことだった。玄関のドアが開いて、ふらりと叔父が入ってきたのだった。
叔父はいつものようにおしゃれなジャケットを着て、上品な身のこなしをしていた。真っ白な髪で顔には笑顔を浮かべ、いかにも人がよさそうな雰囲気があり、とても犯罪者には見えない。
「まあ、賢人じゃないの。急にどうしたの?」
叔父の姿を見て、母はうれしそうな表情をうかべた。だが、わたしに会わせるのが嫌だったことを思い出したのか、警戒する表情にとってかわった。
「近くに用事があったものだからね。姉さんたちの様子を見たくなったんだよ」叔父が言った。
「久しぶりだな。元気にしてたかい?」父が叔父に挨拶をした。
父は言葉のうえでは歓迎していたが、内心ではそうでもない様子が、その硬い表情からありありと見てとれた。
とはいえ、せっかく来てくれた叔父を無下に帰すわけにもいかない。結局その日は、叔父も一緒に食事をとることになった。
食事の席では、叔父は世界中を渡り歩いたときの土産話をしてくれた。それはわたしにとっては珍しく家庭内での楽しいひとときといえた。
食事のあと、叔父が家の周辺を見たいというので、わたしが案内して回ることになった。
あたりはすでに真っ暗になっていた。
「ねえ、叔父さんは詐欺を商売にしてるって聞いたよ。それって本当なの?」わたしは訊いた。
「急にどうした? そんな馬鹿なはずはないだろう」叔父は答えた。
「ごまかしたって無駄だよ。全部知ってるんだからさ。別に叔父さんを非難するつもりはないよ。ただ、おれにも教えてくれないかな。叔父さんのその詐欺の手口を」
叔父は顔をしかめた。
「冗談だろう? そんな話が本当だとしても、子どもに教えるはずないじゃないか」
「何言ってんのさ。叔父さんだって若いころからやってたくせに。ねえ、おれは叔父さんみたいになりたいんだよ。だから教えてよ」
叔父は真面目な顔をした。
「いいかい、叔父さんの生き方は決して憧れるようなもんじゃないんだよ。君には知らない恐ろしいことだってたくさんあるんだ。君は絶対にわたしみたいな人間になってはいけない。叔父さんの生き方は間違いなんだ」
「そんなことはないと思うけどな。じゃあ、こんなのはどう? 一回だけ見せてもらうだけでいいよ。それで満足するよ。それ以上は絶対になにも言わないから。お願いだよ」
そんなふうにして、わたしは叔父にしつこくお願いをした。叔父は何度も断ったが、わたしが食い下がるので、叔父はとうとう根負けした。一度だけ詐欺の実演を見せてくれることになった。
そうと決まれば話は早かった。叔父はその場で計画を練り始め、わたしに話し始めた。
「それじゃあ、こういう計画で行くことにしよう。来週の日曜日に、駅前広場でノミの市が開催されるという話をさっきしていたね。そこにわれわれも出品する」
「へえ、面白いね。でも、何を売るの?」わたしは訊いた。
「美術品だよ。もちろん、本物の品物でなくていい。偽物を用意すればいいんだ」
「一週間でそんなに簡単に集まるかな」
「何だっていいんだ。たとえば、君の家に町の絵が描かれた版画が飾ってあっただろう? あれなんかいいね。ぜひあの絵は持ってきてくれよ。雰囲気のあるいかにも高級な作品に見える」
「でも、あんな絵になんの価値もないぜ。親父が買った複製品だよ」
「それでもいいんだよ。雰囲気が大事なんだ」
「ガラクタばかり集めてどうするんだい?」
「もちろん高値で売るのさ。本当に価値のある品物に見せかけてね。カモを見つけて巻き上げるんだよ。」叔父は笑って言った。最初はしぶっていた割には、計画を楽しみ始めているようだった。
「そんなに簡単にいくかな? だって偽物だよ。誰もそんなもの買おうとしないぜ」
「人を騙す時に大事なことは何か知っているかい? それは信頼を勝ち得ることだよ。いかにも本物といった雰囲気を持たせることが重要なんだ。偽物の美術品を売りつけたい時はどうしたらいいと思う?」
「さあ、何だろう?」わたしは首をかしげた。
「X教授に登場願うのさ」
「X教授だって? それは誰のことだい?」
叔父は謎めいた微笑を浮かべて言った。
「わたしの友人さ。来週になったら会えるから、楽しみにしていてくれ」
翌週の日曜日、駅前広場で開催されているノミの市は、大勢の人々で大盛況だった。
その賑わいの中を、一人の紳士が優雅な足取りで歩いていた。その紳士は白髪の老人で、大きな白い口ひげを蓄え、金縁のおしゃれな眼鏡をかけていた。服装は茶色の上品なスーツ姿だった。
その紳士の名前はX教授。彼は美術品の鑑定家だ。だが実のところ、この男もまたフェイクのひとつと言えた。なぜなら、その紳士はわたしの叔父による扮装だったのだから。
叔父がなんでそんな恰好をしているかと言えば、もちろんカモを騙すためだ。人を騙すにはまず外見から。誰もみすぼらしい格好の人間を信用したりはしない。だが、高級な服装をした人間にはコロっと騙されてしまう。
一方、わたしのほうも準備万端整っていた。叔父の計画通り、ノミの市に売り場を出し、椅子に腰掛けて、絵や彫像、装飾品と、陶磁器といった美術品に囲まれていた。もちろんどれも偽物だった。
わたしは椅子に座ったまま、遠くの方にいる叔父の様子を眺めた。あらかじめ計画は聞かされていたが、果たして本当にうまくいくのだろうかと興味深々だった。
叔父はいかにものんびりと歩き回っているように見えたが、その実、カモがいないかとじっくりと物色していた。
叔父に言わせると、今回の計画でターゲットになりやすいのは、真正直な人間よりも、むしろ欲深い人間なのだという。抜け目がなく、計算高い人間。自分は誰にも騙されないぞと高をくくっているような人間こそが、最も騙されやすい。
しばらく時間が経った頃、叔父は口ひげをなでる動作をした。それはカモを見つけたというわたしへの合図だ。
叔父のすぐそばに一人の男がいて、近くの商品を眺めていた。体格のいい男で、年は三十代くらい。ずる賢そうな、鋭い目つきをしている。服装も高級な身なりで、やり手の青年実業家といった雰囲気があった。
どうやらこの男が今回の獲物らしい。これからこの男に向けて、叔父がひと芝居することになっていた。
叔父はおもむろに携帯電話を取り出すと、話し始めた。
わたしの位置からは、叔父が話している声までは聞こえなかった。だが、あらかじめ計画を聞かされていたので、内容は分かっていた。
叔父はこんなふうに話をしているはずだった。ひそひそ声で、いかにも秘密の会話をしている風だが、実は男に聞こえるくらいの絶妙な音量で。
「いまフリーマーケットに来ているんだが、そこですごいものを見つけた。掘り出しものだ……」
男はその会話を聞いて興味を持ち始めたのか、叔父の方に視線が動いた。
「建物が描かれた絵なんだが、ジョルジョ・デ・キリコの版画だ。なんと本物なんだよ。ルーペを使って何度も確認したから間違いない。まさかこんなところで見つけるとはね」
男は微動だにしなかった。完全に叔父の話に聞き入っている。
「いや、売り手は若い男で、本物とは気づいていない。ただみたいな金額で売り出しているんだ。価値にして百万円は下らないというのにね。だが、もちろんわたしにも良心というものがある。十万円で買い取ると言ってやったさ……」
金額を聞いたせいか、男の顔に驚きの表情が浮かんだ。
「問題は、手元にその金額を持ってきていないということだ。だから、お金を用意して持ってきてほしい。なにしろお宝だからね。急いでくれよ。販売しているのは、入り口近くだ。美術品が並んでいる店は少ないからすぐに分かるはずだ……」
男は売り場を探す様子を見せ、こちらの方を向いた。目が合ってしまっては、計画がばれてしまうおそれがある。わたしは慌てて顔をそむけた。
どうやら男はエサに食いついたようだ。実はこれまでに何人かのターゲットに向けて叔父は同じ芝居をしていたのだが、うまくいかなかった。それでも問題はなかった。うまくいくまで続ければいいだけのこと。今回は計画通りに話が進んだのだ。
さっそく、ターゲットの男がわたしの店の方に向かって駆け足で歩いてきた。
「いらっしゃい。お土産にひとつどうです?」わたしは挨拶をした。
男は並べられた美術品を眺めまわした。やがて、例の版画に目がとまった。
男は近くにX教授がいないのを確認してから言った。
「この絵はいくらだ? 売ってほしい」
「すみません、この絵はもう予約済みなので、お売りできないんですが……」わたしは申し訳なさそうな声を出した。
「どうしてもこの絵がほしいんだ。いくら出せば売ってくれる?」
「そうは言いましても、先ほどの方に十万円で売ることになっていて」
「そうか、それなら倍額の二十万円出そうじゃないか。いい値段だろう?」
「ありがたいのですが、約束してしまっていますし……」
「でも、まだ売っていないんだろう? それなら問題ないじゃないか」
「しかし……」
「よし分かった。そんなに言うなら三十万出そう。それなら文句はないだろう」
わたしは少し考えるふりをしてから言った。
「分かりました。そんな大金を出していただけるのなら、お売りすることにしましょう。前の方にはなんとか言い含めておきましょう」
商談は成立した。
わたしは、何の価値もない版画を紙で丁寧に包んでやると、男に渡した。男は喜んでそれを受け取り、わたしに三十万円を支払った。
男の姿が見えなくなると、叔父が現れた。わたしと叔父は顔を見合わせて笑った。
「あの男、偽物だと気づいて戻ってこないかな?」わたしは訊いた。
「しばらくは大丈夫だろう。だが、そのうち気づくかもしれないね」
「そのときは?」
「そのときには、もうわたしたちの姿はない。あの男もそれ以上手の打ちようがないさ。それに、騙されたということに気づかないということだってありうる。いいかい、一流の詐欺師の手にかかると、騙された人間は自分が騙されたことに気づくことさえないものなんだ。死ぬまで気づかなかったといった事例もあるくらいさ……」
こうして、叔父による詐欺のレッスンは終了した。わたしは愉快な気分で家に戻った。手に入れた大金は叔父と山分けにしたので、懐具合もよくなり、満足だった。
自宅に戻ると、通路のところに両親が立っていた。なにやら険しい表情を浮かべて、ひそひそと話をしていた。わたしが帰って来たのに気づくと、父は開口一番にこう訊いた。
「おい、良太。ここにあった絵を知らないか?」
「さあ、知らないよ」わたしはとぼけて言った。もちろん、わたしが持ち出した例の版画のことだったが……。
「うそつけ。お前、あの絵を持ち出しただろう? どこにやったんだ?」父はわたしを問い詰めた。
「それは、叔父さんが……」
「叔父さんがどうした? まさか叔父さんに渡したんじゃないだろうな?」
「だって、叔父さんがほしいっていうから……」
「それで叔父さんに渡したのか? 馬鹿だな」
「親戚なんだから、問題ないだろう?」
「親戚にもいろいろあるんだよ。叔父さんがこれまで何してきたのか話してきただろう? あの人は詐欺の常習者なんだぞ」
「何をそんなに怒ってるんだよ。あんな絵ただのコピー品だろ? 何の価値もないんだから、あげたっていいだろ?」
「お前もなんにも知らないんだな。あれはたしかに複製品だけど、版画はもともと複製されることが前提になっていて、複製品にも美術的価値があるものなんだよ。あれはジョルジョ・デ・キリコが描いた版画で、本当に価値がある絵なんだぞ。百万円は下らないね」
わたしはぎょっとした。まさか本当の絵だったなんて。
わたしは百万円もする絵をわずか三十万円で売り払ってしまったのだ。誰とも知らない輩に。もはやあの絵を取り戻すのは不可能だ。
だが、そのときはたと気づいた。もしかしたら、叔父はあの絵の価値を最初から知っていたのではないか。叔父はもともと美術品にも詳しかったはずだ。そういえば、あの絵がキリコが描いた版画であることも知っていた。
つまり、どういうことだ? それでは、あの詐欺計画全体がフェイクだったということになるではないか。叔父があの計画で本当に騙そうとしていたのは、あの男ではなく、わたしだったのだ。あの男もきっと叔父の仲間だったにちがいない。
叔父は最初からあの絵がほしかった。だが、自分で持ち出すのは気が引けた。だから、わたしを利用したのだ。叔父としては、わたしに詐欺計画にせがまれただけで、絵に価値があるとは知らなかったといくらでも言い逃れができる。
わたしの心を見透かすかのように父が言った。
「お前は騙されたんだよ。叔父さんにね。詐欺師がどんな連中かこれで分かっただろう?」
わたしはショックだった。わたしにも良心というものが残っていたから、両親の絵をだまし取られたこともショックだったし、なにより、尊敬していた叔父に裏切られたことが最もショックだった。私は衝撃のあまり、何も言えなかった。
その後、叔父がわたしの家を訪ねることはなくなった。たまに旅先から母に絵葉書をよこすくらいだった。
わたしはもはやそんな絵葉書すら見たくもなかった。叔父の話を聞くのも嫌になっていた。
わたしの中から叔父の影響はすっかり消えていた。むしろ、あんなろくでもない人間になるものかと、反面教師のように思うようになっていった。
悪行もしなくなり、学校にも真面目に通うようになった。
ただ、あのときの詐欺計画がわたしにひとつだけ影響を与えたことがあった。それは商売に対する興味である。今度はまがいものではなく、本物の商品を売ってみたいと思った。いつしか、自分の店を持つのが夢になっていった。
わたしは大学では商学部に進み、色々な店でアルバイトもして、店舗経営を学んでいった。
そして、大学卒業後、こつこつと努力を積み重ねた末、とうとう自分の店を構えることになった。輸入雑貨を扱う店だった。
両親はこれをとても喜んでくれた。わたしの将来を心配していた母も、ようやく安心した様子だった。
開店を控えたある日のこと、わたしの元に小包が届いた。
小包を開いてみて息を呑んだ。中に版画が入っていたからだ。あの男に売ったジョルジョ・デ・キリコの版画だった。
版画と一緒に一枚の写真が添えられていた。写真の余白には「開店おめでとう」という文字が書かれてあった。
わたしはその写真を見て驚いた。
そこには三人の男が写っていた。わたしの父、叔父、ノミの市にいた男の三人が、キリコの版画を囲んでにっこり微笑んでいた。
わたしはこれを見て、一瞬ですべての全貌を理解した。
うまい詐欺師の手にかかると、騙された人間は自分が騙されたことに気づくことさえない。
叔父のこの言葉が脳裏によみがえった。わたしはまたしても騙されていたのだ。仲間だったのは、叔父とあの男だけではない。父親も仲間だった。いやむしろ、黒幕は父親だったのだろう。
十年前、父はわたしが叔父の影響下にあることを懸念していた。このままではわたしの将来が危うい。それで叔父と相談して、ひと芝居打つことになったのだろう。
わたしが何かの悪事を持ちかけるだろうと予想したふたりは、これを逆手にとることにした。版画を本物と偽り、あたかもわたしが叔父に騙されて、版画を騙しとられたように思わせた。
すべては、わたしから叔父の影響を遮断するため、わたしの素行を正すためだった。
全貌を理解したいま、わたしの心に浮かんだのは、怒りの感情ではなかった。むしろ、妙なおかしさがこみ上げて、思わず笑みが浮かんだ。
わたしはその版画を取り出すと、店の壁に飾った。
この絵はやはり、何の価値もない偽物だった。だが、この絵はわたしにとってはどんな名画よりも価値のあるものとも言えた。なぜならそれは、わたしの人生をまともな方向に変えてくれた絵なのだから……。
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