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 気付けば僕は、薄い布団を頭まで被り、じっと目を瞑って身体を丸めていた。瞼が重い。喉が乾燥してひりひりと痛む。不快な現実感。  身体が勝手に二、三回ほど寝返りをうつ。  布団から手を出して、枕元のスマホを手に取る。20日、月曜日。ちょうど、昼の12時。時間を確認してから、何をするわけでもなくブルーライトを浴び続けているうちに、自然と目が覚めた。  僕は体を起こすと、いつものように一階に下りて歯を磨き、顔を洗い、そして冷蔵庫を開けた。ペットボトルの麦茶と、ヨーグルトと、調味料と、数個のタッパー。中身は昨晩の食べ残しだろうか……?  タッパーをじっと眺めていると、ふと疑問に思う。昨日の晩、自分は何をしていただろうか。僕はボサボサに伸びきった髪の毛を弄りながら、記憶を探った。  だが、昨日のことがどうしても思い出せない…………いや、それだけじゃない。なにか大きな違和感が襲って来る。過去を思い出すという作業は、これほど手間だっただろうか。思い出そう、思い出そうとしても、そこには何も無い空白が広がっているだけだ。  同時に僕は、自分が置かれているこの現状すら分からなくなっているのに気付いた。この2階建ての古びた一軒家は、どこなのか。なぜ僕はこんなところで、当たり前のように日常を送っているのか。昼の12時に起きて、僕は何をしようとしているのか。  記憶が、消えている。  ピー、ピーという警告音。無意味に冷気を放ち続ける冷蔵庫が、ついに悲鳴を上げはじめた。  何かがおかしい。まだ、寝ぼけているのだろうか。こんなこと、ありえない。もう一回、顔でも洗ってこようか。それとも、僕はまだ夢の中にいるのかもしれない。さっきみた奇妙な夢……内容はほとんど覚えていないが、ただ奇妙な感覚だけが残っている…………。  いや、とにかく、昨日の夜だ。昨日、僕は何を食べたのか。僕は、すがるようにタッパーに手を伸ばした。  『!!』  その瞬間、伸ばした手の甲にマジックペンでそう書かれているのに気がついた。パソコン──たしかに、さっき寝ていた部屋にデスクトップパソコンがあった。  状況が、ますます分からなくなってくる。こんなことを書いた記憶は、もちろんない。だが今は何となく、この指示に従うしかないような気がした。  僕は冷蔵庫の扉を閉めると、早足で2階に向かった。 改めて見ると、ひどく散らかった部屋だ。床には漫画やゲーム機や飲みかけのペットボトルが散乱していて、足の踏み場も無い。  なんとか机にたどり着くと、パソコンを起動させた。スクリーンの端には、パスワードらしき文字列が書かれた付箋が貼ってあった。それを入力すると、スクリーンには、文字がびっしりと書き込まれた書類のような物が映し出された。タイトルは、大きな太字で特に強調されており、『記録 2020/5/15〜2023/6/19』とあった。
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