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始動
VR剣闘世界の天空剣闘場大会への参加は、わざわざ渋谷の会場まで選手とセコンドは出向かないといけない。外部から勝手な調整が行われないか監視するためらしい。
俺は久しぶりにおしゃれめの服を着て、出かけた。渋谷の街は相変わらず人が少なく、閑散としていた。
天空剣闘場大会の選手・セコンドの会場入り口は、渋谷駅から直結の歩行者デッキを歩いて渡ったところにある渋谷lightタワーにある。俺は渋谷駅の歩行者デッキの入り口で翼と待ち合わせた。
「コウ、今日はよろしくね」
翼は竹刀ケースを肩にかけ、ブレザーの学生服姿で現れた。学校帰りで授業後に練習していたらしい。
「練習って、大丈夫か?、疲れたりすると試合にも影響あるんだろう?」
「大丈夫、型の練習だけだから、ちょっと落ち着かなくて」
そう穏やかに言った後、翼は顔を引き締めた。
渋谷lightタワーの入り口から普通に34階の事務局までエレベーターで昇り、事務局のドアを開けた。事務局は簡素な部屋で普通の企業という感じだった。
受付でマイナンバーカードを確認され、中央ホールへと案内された。ここはヨーロッパ風の豪華な装飾となっていて、さすがの俺もちょっと焦った。
この中央ホールでは試合後、対戦相手と挨拶をする場所らしい。試合前は対戦相手と会うことは禁じられていた。相手の性別、身体的特徴が試合前に分析されないようにと。
俺と翼は控室に通された。そこは、ホテルの部屋のようで、備え付けにジュースや淹れたてのコーヒー、お酒にパンやクッキー、チョコレートにガムも用意されていた。そして部屋の中央にはゲーミングチェア2脚と6台のモニターが二台のパソコンに接続されていた。試合開始まで3時間、ここで対戦相手の分析が行えるらしい。翼は西東京の予選大会ではすべて自分で分析をしていたらしい。
俺はパソコンを操作し、対戦相手の大阪代表の大場三郎太の、大阪大会の試合映像をモニターに再生させた。VR剣闘世界での大場三郎太の姿は巨大な大男で、ごつい体、怖い顔で頭はスキンヘッドだった。
・・感想を一言で述べると怖そうな・・やつだった。
大場三郎太の大阪大会の試合を翼と早回しで見た。武器はこん棒でそれを振り落として相手を倒す。剣闘には素人の俺だったが、素人の俺が見ても明らかに雑で大雑把な戦い方だった。しかし、でっかい棍棒を振り下ろして相手を叩きのめすさまは見ていて怖かった。しかも、大場三郎太はそれを楽しんでいた。嬉々として相手を叩きのめすのだ。大阪大会準決勝の対戦相手の女性剣士は、恐怖に打ちひしがれ、棍棒で叩きのめされ、負けた。その後は、大勢が見ている剣闘場の中で座ったまま顔を上げずに泣いたのだった。
「強引な戦い方だな」俺は言った。
「そうだね」翼が答えた。
「あのVR剣闘世界の大場三郎太が着ている西欧の鎧ってやっぱり重いのか?、大場三郎太ってそれだけの力があるのか?」
「いや、VR剣闘は、衣装は自由に選べて重さも自由に選べる、西欧の鉄の鎧を着ているからといって鉄の重さがあるわけじゃない」
「じゃ、現実世界じゃすっごい力がない痩せ男なんだけどVR剣闘世界ではあんな大男で鉄の鎧も着れちゃうってこともあるってことか?」
「それはありえる、しかし、残忍な戦い方だ、相手を打ちのめし、楽しんでいる」
あ?、それ言っちゃう?、そこ俺が避けて話したのに・・。
あんなでっかくて怖い大男と小さな翼が戦うって、見てられない、つらい、怖すぎる。。あんな大男に翼が棍棒で殴られて(VRの世界だから実際はそこまでは痛くないだろうけれども・・)、いたぶられて負けたら、俺だって気分悪くなって三日は寝れないんじゃないか?って思う。相手悪すぎる!怖すぎる!
「・・翼、こわくないか?、あんなのと試合するのか・・?」
「黙って、集中したい!」
そう言って翼は竹刀ケースから竹刀を取り出した。いや、それは竹刀ではなく、木刀だった。翼は、窓の方へ歩み、窓の前で木刀を、剣を構えた。そしてそのままに。
十五分は過ぎた。翼は剣を構えたまま微動だにしなかった。
「翼、まだ試合まで2時間はあるそのままあと2時間過ごすのか?」
俺は言った。
「そうだな、体を休めないと」
そう言って、翼はソファに横たわり眠った。まあ、その、・・無防備な感じで。。それでさ、、俺がここにいる意味ってある??
*
天空剣闘場大会、一回戦の試合開始の時間になった。剣闘場大会のスタッフが時間を報せ、俺と翼は、剣闘場大会のスタッフが見ている前で、VRゴーグルを装着し、VR剣闘世界に同期した。
「あれ?、コウは現実世界のままなんだね?」
翼の声がした。そうだ、俺が大学生の頃は自由自在に見ためを変えることができるVR世界で、現実世界と同じ姿で同期するのが流行って(その方が現実世界に戻った時にモテるという噂もあって)、俺はそのままずっと続けていた。
しかし、VR世界の翼は違った。あどけない顔はそのままだが、どこか少年のような顔で、長い黒髪は碧い髪となり、昭和時代の男性学生服の姿で腰に木刀を差していた。これじゃ美少女剣士というより少年剣士だな。。と俺は思った。それを口には出さなかったけれども。
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