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初手
試合が始まる。翼と俺は関係者に案内され、天空剣闘場の控え室から天空剣闘場へと歩み出た。
天空剣闘場は外国のコロッセオをモチーフに作られ、足場は鳥取県の土がイメージ化されているらしい。そこに満員の観客が剣士に歓声を送った。
東京代表がんばれよー!
あなたのこと応援してるわー!
がんばれ! がんばれー!
わたしずっとあなたのこと応援してるのよー! わたしもー!
俺もだ!! 俺も応援してたぞー!!
すごい歓声だ。声が塊となってぶつかる。俺は正直びっくりした。翼はその歓声に動じず、遥か先、向かいの対戦者入場口の大場三郎太を見据えていた。
俺はセコンドの席に案内された。控え室にあった同じ機種のパソコンとモニターは5台で設置されていた。試合中にも相手を分析できるが剣士に伝えるには大声を出して指示するらしい。結構アナログだな。。
「コウ、行くよ」
「え?」
試合前の挨拶は剣士とセコンドが一緒に行うらしい。いや、正直俺は緊張した。こんな満員の観客の前に出るなんてこと生まれて初めてだから。いや、子供のときにコンピューターが作ったVR世界のゲームで勇者ごっこしたときこういう経験はあるよ、国中の民衆から歓声を送られたこととか、でもあれはゲームであって、今ここにあるのは、すべての観客がオリジナリティで、人が歓声を送っている。コンピューターが作った人と本物の人は違う。さすがの俺もびびったよ。
向こうからは、スキンヘッドの大男、大場三郎太が歩み近づいた。お互いてきとうな距離を保って立ち止まった。あとは審判ロボットが出てくるのを待つらしい。
「おい、翼ちゃん」
大場三郎太が翼に声をかけた。
「頑張って勝ち上がって来たよーやけど今日ここで終わりやな、この棍棒で死ぬほどこわい目にあわせてどたまかち割ってぶっ殺したら」
え?、こわっ。
翼はなにも言わずに大場三郎太を見据えた。俺はなにも言えなかった。
「まー、VR剣闘やから実際斬ったり切ることがでけへんからこんなアホみたいな棍棒を武器にしてるんや、ほんまに斬ったり切ることができるんやったら大怪我させた後に服を切り刻んで裸にして楽しんでやるんやけどのぉ」
大場三郎太は続けて言った。
「待てよ、そんな教育上ひでー言葉よく言えるな?、びっくりするって」
「なんやお前?、セコンド分際で?、翼ちゃんがぼろぼろにされるのを悔しがって眺めているんやな」
「なに!」
「なんや、なにも言い返されへんか!?、ははっは!がはは!」
そこへ飛行型の審判ロボットが現れた。
「試合開始シマス、両剣士前ヘ」
レーザーで足元に青い線が表示され、翼と大場三郎太は歩み出した。
飛行型の審判ロボットが試合を開始させた。
「両者、礼!」
翼と大場三郎太は礼をした。俺と大場三郎太のセコンドは小走りでセコンド席に戻る。そしてセコンドがセコンド席に戻った時点で試合が始まるのだ。
飛行型の審判ロボットが剣闘の開始を発した。
「ハジメエェェェェ!!」
ゴワァギィーーーーーーーーーーーン!!
え?
飛行型の審判ロボットが判定を発した。
「一本、ツバサ!!」
見ている間もなくの一瞬だった。翼は真正面からの縦斬りで大場三郎太に剣を叩きつけたのだった。
飛行型の審判ロボットが言った。「両者、セコンド席ヘ戻ル!」
翼がセコンド席ヘ戻ってきた。
「翼、すごいじゃないか!、一瞬で打ち負かしたぞ!」
「ああ、そうみたいだな」
「なんだこりゃ?、こりゃ楽勝だな、ははは!」
「黙って!、集中したい!」
あ、わかったよ、黙るよ、でもそれだけ俺も嬉しかったんだよ!
1分間の休憩が終わった後、翼は二本目のために再度天空剣闘場の中央へと歩み出した。二本目は礼はなく、剣を合わせるところからの再開だった。
飛行型の審判ロボットが二本目の剣闘の開始を発した。
「ハジメエェェェェ!!」
ゴワァギギギィーーーーーーーーーーーーーン!!!
飛行型の審判ロボットが判定を発した。
「二本、ツバサァ!!!!」
「勝者、ツバサァ!!!!」
「両者、礼!!」
またも一瞬の剣で翼が大場三郎太を打ち負かした!
怒涛の歓声が巻き起こった!、満員の天空剣闘場の観客が翼を讃えた!
翼が戻ってきた。
「すごいぞ翼!、かんたんにやっつけたな!、すごいよ!やったよ!」
「ありがとう、コウ!」
俺と翼は喜びを分かち合った。いや、もう嬉しいなんてもんじゃないよ。一時はどうなることかと思ったし、本気で心配した。本気で。だってさ、翼がいたぶられる姿なんて想像したくないし、一時は本気でその想像もした。翼があのでっかい棍棒でぶん殴られて恐怖に怯える姿を。いやー、軽々しくセコンドなんて引き受けたけど心臓に悪いよ。ほんとにもー。
試合が終わり、俺と翼は同期を解除して現実世界に戻った。
この後は、剣士とセコンドで現実世界での挨拶が行われる。ここで初めて現実世界で対戦相手のお互いの姿を見ることになるのだ。
控え室を出てすぐ奥の部屋、そこに大場三郎太が現れた。
・・大場三郎太は、背が高く、見た目も、・・優顔のイケメンだった。。 え? え?
大場三郎太は、握手に右手を差し出した。
「すごいよ、見事や、完敗や」
そう優しく言った。
翼は、握手を拒否し、ぷいっと顔を背け、そのまま出て行った。
え?
俺は、大場三郎太に「ごめんなさい!」と謝り、翼の後を追った。
「翼、どうしたんだよ!?」
「……。」
「お前勝ったのに、相手と握手しないって失礼だろ?」
「失礼か?」
「そうだよ、ワンフォーオール・オールフォーワン、ノーサイドだろ?」
「ノーサイド?」
「昔のスポーツ精神だよ、激しい試合をしても試合が終わった後はすべて忘れる!、お互いが次に自由に進めるってやつだよ!」
「便利な言葉だな、わたしは裸にされて楽しんでやるって言われたんだ」
・・・。 ・・・。
「いや、それはひどいとは思うけど、、相手だってVRの架空現実の世界で現実世界よりも気が大きくなっていただけかもしれないしさ、、」
「もういい」
え?、いや気持ちもわからなくはないけどさ、昔のスポーツにはスポーツマンシップというのがあって・・。
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