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プロローグ
初めて抱かれたあの日のことを、今でも鮮やかに思い出すことができる。
港区にあるヴィンテージマンションのペントハウス。
玄関のドアを後ろ手に閉めて鍵をかけると、蒼さんは「やっと戻って来られた」とため息をついた。
「もう誰にも邪魔させない」
強く抱きしめられ、そのぬくもりと微かなブラックティーの香りにほっとする。その一方で、これから始まることを想像すると、恥ずかしさで胸が張り裂けそうだ。
切れ長の二重の目にすっきりと通った鼻筋、薄い唇。そして均整の取れた体躯。
その容姿と弁護士らしい理知的な雰囲気を一言で表すなら、怜悧。
出会った頃は近寄りがたい印象を持ったが、親しくなるとそんなことはまったくなく、むしろ蒼さんはとても優しかった。
しかも、ふとした瞬間に無邪気な笑顔を見せる。
「それは、朋花といると楽しいから」
私が指摘すると、蒼さんは笑った。
男の人をこう表現するのはおかしいかも知れないが、蒼さんには色香がある。
「朋花。愛してる。大切にする」
蒼さんは体を離し、私の目を真っすぐに見た。
「私も――」
言い終わらないうちに、今度は壁に押し付けられるようにして、唇を塞がれる。
最初は軽くゆっくりと。やがて、深く長く。
「ん……」
絡み合う舌の隙間から、吐息が漏れる。
「かわいいよ、朋花」
蒼さんは私の首筋に口付けた。
初めての感覚に身体がこわばり、思わず目を見開く。すると蒼さんの肩越しに、鏡に映る私たちの姿が目に入った。
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