6.蒼さんの部屋

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 土曜日の朝、駅の改札まで迎えに来てくれた蒼さんは、肌触りの良さそうな黒いシャツにごく薄いグレーのデニムというスタイルで、久々に見る私服姿にどきどきした。こういう格好をしていると実年齢以上に若く見えるというか、少年っぽい魅力を発散している感じがする。  平日は賑やかなこの駅も、週末のこの時間帯は人がまばら。  地上に出ると、いつもは交通量の激しい通りに車はほとんどなく、並んで歩く蒼さんの静かな声が耳に心地いい。  蒼さんが自分の部屋の場所を私に告げることはなかったが、実は、私はすでに知っている。図書館に利用者登録する際、申込書に記入したからだ。  その情報によると、蒼さんの部屋はこの通り沿いをしばらく行ったところにある十一階建てのワンルームで、職場からの近さ最優先で選んだに違いない――そう思っていると、蒼さんは右に曲がって、庭園に入った。 「散歩ですか?」  蒼さんの部屋とは方向が違う。 「いや、部屋はあそこなんだ」  蒼さんが指したのは、灰色の瀟洒なタワー。  庭園を挟んでちょうど図書館と反対側にある、海外の映画に出てきそうな建物だ。 「――引っ越しました?」 「なんで朋花が知って……あ、そうか。登録した住所と違うか。祖父母が住んでたんだけど、葉山で隠居するからって、くれた。それで年末に引っ越した」  くれた、って……。 「……すごいプレゼントですね」 「ああ。ありがたい。贈与税がけっこうな額で、その分はローンで払ってるんだけど」  もしかして蒼さんの家族は、すごいお金持ちなのだろうか。  私は不意に、父の葬儀で初めて会った祖母の言葉を思い出した――「だから、家柄の釣り合わない結婚は止めておけと言ったのに」――。 「朋花?」 「はい?」 「どうした、ぼんやりして。もし嫌だったら、いつもみたいに外で食事するのでも」  蒼さんが心配そうに私を見た。 「大丈夫です」  付き合って半年。蒼さんは待っていてくれた。その気持ちに報いたい。
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