9.別れ

1/3
4115人が本棚に入れています
本棚に追加
/100ページ

9.別れ

 金曜日の夜。  五日ぶりに会った蒼さんは、少し疲れている様子だった。 「仕事で何かありましたか?」 「いや――ああ、ちょっとね。先に寝てて。俺はまだすることがあるから」  それで私は先にベッドに入ったのだが、夜中に喉が渇いて目を覚ました。  だが隣に蒼さんはいない。時計を見ると、午前二時。まだ仕事をしているのか。  寝室を出てアイランドキッチンに立つと、リビングの向こう、書斎スペースからカタカタとパソコンのキーを打つ音が聞こえてくる。お水を飲む前に声をかけようか迷っていると、蒼さんのスマホの着信音が鳴るのが聞こえた。こんな夜中に、一体誰? 「もしもし?」 『まだ起きてたのね。仕事中?』 「ああ。瑤子は?」 『撮影が長引いて、さっき帰宅したところ』  相手は瑤子さんだ。  蒼さん、私が寝室にいると思ってスピーカーフォンにしているんだな。音量も蒼さんの話し声もごく小さいけれど、しんと静まり返った深夜の部屋の中では、少し耳をすませばよく聞こえてしまう。  こんな時間に電話で話すなんて、本当に親しいんだな。盗み聞きはよくない、いったん部屋に戻ろう――そう思ったのに。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!