4115人が本棚に入れています
本棚に追加
/100ページ
9.別れ
金曜日の夜。
五日ぶりに会った蒼さんは、少し疲れている様子だった。
「仕事で何かありましたか?」
「いや――ああ、ちょっとね。先に寝てて。俺はまだすることがあるから」
それで私は先にベッドに入ったのだが、夜中に喉が渇いて目を覚ました。
だが隣に蒼さんはいない。時計を見ると、午前二時。まだ仕事をしているのか。
寝室を出てアイランドキッチンに立つと、リビングの向こう、書斎スペースからカタカタとパソコンのキーを打つ音が聞こえてくる。お水を飲む前に声をかけようか迷っていると、蒼さんのスマホの着信音が鳴るのが聞こえた。こんな夜中に、一体誰?
「もしもし?」
『まだ起きてたのね。仕事中?』
「ああ。瑤子は?」
『撮影が長引いて、さっき帰宅したところ』
相手は瑤子さんだ。
蒼さん、私が寝室にいると思ってスピーカーフォンにしているんだな。音量も蒼さんの話し声もごく小さいけれど、しんと静まり返った深夜の部屋の中では、少し耳をすませばよく聞こえてしまう。
こんな時間に電話で話すなんて、本当に親しいんだな。盗み聞きはよくない、いったん部屋に戻ろう――そう思ったのに。
最初のコメントを投稿しよう!