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その夜、私は一睡もできなかった。
明け方にベッドにやってきた蒼さんが隣で寝息を立てるのを聞きながら、考え続けた。
蒼さんに最善となる道は?
そして翌朝。
「別れたいって――どうして?」
蒼さんの目に困惑が浮かぶ。
「ごめんなさい。やっぱり結婚はできません」
「だから理由は?」
はじめて見る険しい表情。蒼さんは怒っている。
当然だろう、蒼さんからすれば、何の前触れもなく突然、別れを切り出されたのだから。でも渡米が迫っていて、もう時間がない。このままずるずると続けるわけにはいかない。
「私とは住む世界が違うと思いました。蒼さんにふさわしい妻になれる自信がありません。ごめんなさい」
「なんだよ、それ。住む世界って。急に――もしかして、夜中の電話――」
「ごめんなさい。喉が渇いて目を覚まして、それで」
「瑤子の言ったことは、気にしなくていい」
「でも、ご両親が反対されているんですよね?」
「反対されたら朋花を選ぶと、前に言ったはずだ。親が反対するなら縁を切ってでも朋花と結婚する。俺は弁護士だ。望月を継がなくても、自分の力で生きていける。でも、朋花がいないとだめだ」
ああ。こんなに愛してくれているのに。でもだからこそ、離れなくては。
「私の気持ちの問題です。ご両親に反対される結婚は、できません。そこまでの責任を持つ勇気がないんです。ごめんなさ……」
最後はかすれて声にならなかった。
私だって別れたくない。
でも、私と結婚したせいで、蒼さんが多くのものを失うことになってしまったら? そんなことになったら、申し訳なくてたまらない。私のために蒼さんの人生を狂わせたくない。
「――本当にそう思うのか?」
「はい」
私が答えると、蒼さんは目を伏せてしばらく黙っていたが、やがて視線を上げた。久しぶりに見る怜悧な表情。
「朋花の気持ちはわかった。ニューヨークには一人で行く」
抑揚のない、静かな声だった。
ああ、終わったんだな。
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