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10.偶然の再会
レッドカーペッドでの蒼さんと伊吹さんを見てから三ヵ月。
そろそろ蒼さんが帰国するはず――だめ、そんなことを考えては――私はふっと浮かんだ思考をかき消そうと、障子を開けた。
梅雨に入り、温子さんの庭は見事な大輪の紫陽花で埋め尽くされている。その済んだ青色は、見るたびにはっとするような美しさだ。
「おはようございます」
「おう」
居間に行くと、晴斗さんがお味噌汁をお盆に載せて運んでいた。
温子さんの息子の晴斗さんは、三十三歳。米国で映像作家をしていて、先週から一時帰国中だ。
「あっ、晴斗さん、すみません。私、やります!」
「いいよ、朋花ちゃんは出勤準備で忙しいだろ」
「いえ、お休みなんです。先週は土曜日に出勤したので、その振替で」
「そっか。でも配膳くらい、俺がやるよ」
晴斗さんがてきぱきとお椀をテーブルに並べると、
「けんしん」
「いっさいはん」
「いやだねえ」
「ねー。いや」
双子が、ぴんと尻尾を立てたミケに引率されるようにして、居間に入って来た。
「けんしん?」
「一歳半検診なのよね。十時だっけ」
晴斗さんの疑問に、温子さんが台所から答えた。
「ふうん。俺、ついていこうか? 双子、嫌だ嫌だ言ってるし」
「いや!」
「まあちゃんも、いや!」
ローチェアに座った真帆と理帆が、ばん! とテーブルを叩いた。
最近イヤイヤ期が始まり、何でもすぐに「いや!」。私に対してしょっちゅう反抗するようになってしまった。私以外の人たちの言うことは、大人しくきくのに。
「晴斗、いいこと言うじゃない。私が行ってあげたかったんだけど、友達と会う約束があって」
「いえ、晴斗さんにご迷惑おかけするわけには」
「いいよ、暇だし。散歩がてら一緒に行く。遠慮するなって」
「まま、えんりょしない」
「えんりょ、ない。はるとしゃん、いっしょ」
「ほら、真帆と理帆も俺と一緒がいいって」
「遠慮は無用よ、朋花ちゃん」
「……では、お言葉に甘えて……」
帰国中の貴重な時間を渡した目に使ってもらうのは申し訳なかったが、結局私は晴斗さんの厚意に甘えさせてもらうことにした。
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