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柱の会合はそれから三日後に決まった。
全国に散在している鬼頭会支部から各柱の代表である家長が集まるのは東京。
「では、しばらく会えないということですね」
「そうなるな、かわりに直に世話を頼んでおく」
朝食を食べ終わった後でお茶を頂きながら傍らに腰を下ろしている哉彌に頷く。
今日も膳は空だ。初めは粥ばかりだったが、今では少量ではあるものの普通食も食べられるようになった。
「死にたがりのわりに飯は食うな」
「えっ?!あ、...おいしくて、つい」
恥ずかしさのあまり湯飲みを傾けると哉彌は溜め息をついた。
食い意地の張った女だと思っているに違いない。
「...初めて、食べたものですから」
言い訳がましく呟く。
「結芽を通して感情は共有するのです。ですが、味まではわからず。夢を見ているようなものですから」
「...。」
「結芽は幸せそうでした。」
自分であり、自分ではない。
それが時に歯がゆく、悲しかった。
哉彌に自分の事を話してからぷつりと繋がりが切れたようにあの子の事がわからなくなった。おそらく消えたのだろう。
あの子の役割はもう終えたのだから。
「甘いもの」
振り向くと哉彌はまじまじと観察するようにこちらを見つめている。
「結芽は顔中にあんこをつけるほど饅頭を食べていたが、お前も好きなのか?」
「顔中に?」
あぁ、そういえば。おやつに頂いた饅頭を飛び上がる程喜んで食べた記憶がある。
甘いもの、食す勢いでいえば一番早く手を出していた。食後であってもその勢いは変わらず、よほどおいしいものなのだろう。
「...よだれ」
「はっ?!」
思わず口中に溢れる唾液を押さえる。
「大人しくしていれば土産に何か買ってきてやってもいい。」
「...土産ですか」
「そうだな。東京バナナにヒヨコ饅頭浅草の団子もいいかもな」
「あ、甘いのですか?」
バナナにヒヨコ。
想像が出来るような出来ないような。
これはもはや諦めるしかない。
食い意地の張った意地汚い女のイメージを甘んじて受けよう。
「お帰りをお待ちしています」
頭を下げたのは頭に熱を帯びていたからで、けして懇願しているわけでは...。
下手な言い訳を自分にしていると頭上で聞きなれない声がした。
言うなれば笑いを堪えきれなず吹き出した。
そんな声。
頭を上げてその顔を見てしまいたいと思ったがそれはやめた。
哉彌様の笑った顔など見たくない。
見てしまえば、きっと私はこの人の笑顔をもっと見たいと思ってしまうに違いない。
見てはいけない。
私が知る彼の顔は眉間に皺を寄せて、いつも不機嫌そうで、私を見る目は不信に充ちていなければ。
「...なんだ?」
いつまでも頭を上げない私を怪訝に思ったのだろう。
「いえ、何でもありません」
顔を上げ、目を伏せる。
結芽であれば、きっと喜べた。
甘いものを与えられ、優しい言葉を掛けられ、それをいちいち疑う必要もなく素直に受け取ることが出来たなら私も笑うことが出来たのに。
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