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「...。やはり、急を要する」
「はい?」
「少し早いかと思ったが出かける」
いきなりなんなのだと首をかしげると哉彌は襖越しに直を呼んだ。
入れ違いに哉彌が部屋を出ると直は傍らに一度膝をついてにこりと笑った。
「では、お支度致しましょう」
「?」
着替えを済ませ、長い髪を解かし結っていく間、直は再会の率直な感想を述べる。
「初めは信じられませんでした。あんなちっちゃい結芽ちゃんが急にいなくなったかと思ったらこんなに美人になって帰ってきたんですから、驚きますよ」
「みすぼらしい姿で恥ずかしいです」
「確かに酷く痩せていらっしゃいましたからね。髪も目も、まるで違って別人でしたし」
「...」
結芽の髪は黒い。健康そうな肌色に青みがかった瞳。容姿で言えば哉彌様と似ている。
それは私自身が自分の姿を見たことが無かったためだ。
日光を浴びなかったから直に化粧を施されなければいけないほど肌は青白く透けて、髪は白に近い金の髪をしている。
「まるで外国の方かと思いました。
こんなに綺麗な髪に瞳は、初めて見たときは童話の姫君かと」
「...瞳ですか」
紅まで引いてもらうと直が鏡を手渡した。
そういわれてみれば、自分の目なんて見たこと無かったかもしれない。
丸い手鏡を恐る恐る覗き込む。
頬はこけ目は窪み、骸骨のようだったらと少し恐ろしかったからだ。
「....」
「どうしました?気に入らなければ直しますよ?」
言葉を失ったのはその瞳の色が澄んだ空のようだったからだ。鏡の中で二つの大きな瞳が
雨上がりの空を写す水鏡のような光を放つ。
「いえ、驚いただけです。こんな素敵にして頂いて」
直の化粧で肌に赤みが生まれた。
頬に宿る人らしい肌の色に暖かさが灯る、口元を飾る赤は花のように目を引く。
「なんだか、照れますね」
手鏡を返しながらそう言うと直は嬉しそうに笑う。
「急に大人になった妹にプレゼントです」
そう言うとこっそりエプロンから金平糖を取り出し口に入れてくれた。
甘い。
口に広がる砂糖の甘みはこの上なく幸福感をくれる。いつまでもこの甘みを感じていたいのにそれは舌の上ですんなり溶けてしまう。
噛まないようにコロコロと転がして少しでもこれが続くように工夫しても無駄なのだ。
「はい、残りは後で食べてください」
直はワンピースの上に羽織ったカーディガンのポケットにそれを入れてくれた。
礼を言うと襖を開け、哉彌を呼びに行く。
「あの子もこれは食べたことがない」
小さな結芽なら一気に口に放っていたかもしれない。そんなことを思いながらもう一粒袋から指でつまむと口に入れた。
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