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痛み
「よう、嬢ちゃん」
翌朝疾風が部屋にやって来た。
直が身支度を済ませてくれ、一人で朝食をとっていた頃。
「今日は哉彌はいないのか」
「そのようですね。」
箸を置き、茶を飲む。
どうしたのだろう。
今日はなぜだか食が進まない。
夢見が悪いといってもいつもの事だし、朝食のおかずに不満も無い。
初めて食べた漬物というのはポリポリと固くて甘みもなかったけれど、食感も塩気も好みだった。
他に、いつもと違うことといえば哉彌様がいないということだけだけれど。
あれだけ失礼な事を言えばもうここにはこないだろうし、いないからと気落ちするのはおかしな事だ。
「珍しく残されていますが、どこか体調が悪いですか?」
心配して訊いてきた直に詫びながら首を振る。食後に果物を出そうかとも言ってくれたけれど、それも食べる気がしない。
「なんでしょう?今日はお腹が空かなくて」
首をかしげる私に直は頷く。
「そんな時もありますよ。今日のおやつはとびきりのものを用意しますね」
直の笑顔に普段ならわくわくするものなのに、今日はそういったこともない。
本当にどこか悪いのだろうか。
「なぁ、嬢ちゃん」
「なんでしょう?」
縁側に腰かけた疾風がにやりと笑う。
「散歩でも行くか?哉彌に会えるかもしれないぜ」
「...気持ちはありがたいですが、哉彌様の邪魔はいかがかと。疾風は暇なのですか?」
そう言いながら昨日貰ったこんぺいとうに手を伸ばす。口に含むとお茶の渋みの中で甘い香りが広がっていく。
...これで何粒目だろう。
袋を覗くと残りは三粒。
カリッ、哉彌様がしたように歯を立て噛み砕いて思った。
「...疾風、哉彌様の様子みてきてください」
おそらくあの人なら大丈夫だと思うけれど、
何かあっては大変だ。
「様子って?」
「昨日のこと謝りたくて。後で来てくれないか伝えて下さい。今すぐ」
さっさと行け。 と言わんばかりに語尾を強めると、疾風は苦々しい顔をしながらも哉彌を探しに行った。
「一つ、聞いてもよろしいですか」
「なんでしょう」
「あなたは、人間ではないというのは本当ですか?」
傍らで正座をしていた直が膝の上で拳を握っている。声も同じように震えていた。
「はい。だからこの毒もちゃんと効いていますよ。」
指先が痺れてもう一粒袋から摘まんだがコロコロと畳の上に落ちてしまう。
「あやかしにのみ効くものだと、..聞きました」
「そうですか、人にも効きはすると思いますが効果は薄いでしょう。幾粒も食べなければ死にはしません」
「そうですか、安心しました」
直は一度目を伏せ笑う。
哉彌を心配したのだろうか、それとも間違って人を殺してしまってはいけないと不安に思っていたのかもしれない。
もう一粒、袋に残った最後の粒に手を伸ばす。
それと同時に、直は私の首に手を伸ばして、そのまま畳に倒れこんだ。拍子にちゃぶ台に残っていた湯呑みが落ちる。
「あやかしなんて!」
馬乗りになり上からギリギリと首を絞めながら直は叫んだ。
「化け物、よくも私の前に現れたわね!」
私を見下すその瞳孔は開ききっていて、憎しみの炎が灯っていた。
「美緒を返せ!妹を返してよ!」
「っ!..」
爪を立てられ痛みが走る。
「死ね!死ね死ね!」
掴んだ首を上下に揺さぶり、畳に頭を打ち付けながら明らかな殺意は呼吸を遮って。
部屋中に響く直の声は怒りというより泣き叫んでいるようだった。
苦しい。
喉の痛みに、裂かれた皮膚の痛みが交差する。
「..あっ!」
思わず手で払った。
私の手が直の頬に当たってひりひりと掌に痛みが伝わる。
「抵抗しないで死になさいよ!
あんただって望んでたんでしょ!」
痺れた手のひらは畳の上で動かない。
そうだ。なんで、足掻いてしまうのだろう。
ずっと死にたかったのに。
「さっさと、くたばれこの化け物!」
直は今まで見たことがない形相で畳の上に転がった湯呑みを掲げる。
勢いよく振り下ろして反射的に瞼を閉じた。
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