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星を見る。
なんとか流星群が来るんだと疾風が背中におぶってくれて外に出た。
「寒ければ言えよ、嬢ちゃんに風邪でもひかせたら哉彌になんて嫌みを言われるか」
庭先でこうやって抱えられるのは結芽の姿以来だ。
なんだかんだ言いながら疾風は結芽によくしてくれた。暇を見つけては結芽と遊んでくれたし、用もないのに話しかけてくれた。
子供好きなのだろうと思っていたけれど、根が優しいのかもしれない。
「疾風は誰にでも優しいのですね。それがいいことだとは、私には思えませんが」
「なんだそれ。誰だって親切にされたら嬉しいんじゃねえの?」
「人の親切が重荷になることもあるでしょう」
疾風は首を捻りながらもそう言うこともあるかと呟いた。
「でもさ、悪いがそんなこと俺の知ったことじゃねえんだ。俺がしたいからする、それだけだろ」
「自己満足ですか。」
「そんなもんだろ。それで相手も喜んでくれればラッキーで、人間なんてみんな自分勝手な生き物なんだよ」
それは、私が人ではなくても同じということかもしれない。
「人は皆あやかしが憎いのだと思っていました。」
哉彌もそうだが、術士のほとんどが自分の身内をあやかしに殺されている。それは対峙するものとして当たり前の結果ではあるが、彼らにとって憎む敵であることは紛れもない事実だと思っているのに。
「疾風も哉彌様も私が憎くないのですか?」
ずっと気になっていたことを訊いてみた。
疾風の大きな背中はけして揺れることなく暖かい。
「半妖だからか?それとも最近湧いたように増えてるあやかしの元凶だからか?」
「両方ですね」
少し考えた後、疾風は空を見上げた。
小さな光が空を埋める。
その合間を縫うように一筋、光が線を引く。
「さあな。誰もが望んで生まれたわけでもあるまいし、それを理由に恨んでもしょうがねえだろ」
それは、自分の生い立ちに重ねての言葉だったのかもしれない。
術士の名家に生まれ、鬼頭会きっての柱『紅月』の時期後継者として育てられたのにも関わらず後から現れた哉彌に将来を奪われた彼の。
「哉彌様を憎んだ日はないのですか?」
その問いに疾風は驚いた顔で振り向く。
「はぁ?なんで?」
「いや、あの無いなら無いでいいのですが」
「...くそ親父のことは腹が立ったが、それを哉彌にぶつけようと思ったことはねえな」
「そう...ですか。」
疾風は本当に真っ直ぐな人だ。
真っ直ぐで、優しい、暖かい人だ。
「あなたのような人がいて、哉彌様は幸せですね」
こんな人がいたから、復讐なんてとうの昔に忘れてしまったのだろう。
私にも、もっと早く彼らのような人と出会えていたら。
ふとそんなことが脳裏を過って笑いが出る。
そんなこと、あるわけがないのに。
「どうした?嬢ちゃん」
「いえ、なんでもありません」
結果は変わらない。
もし、私があそこに閉じ込められることなく彼らに出会っていたとしても。
そう思いながら、思い描いてしまうのは、彼らと心から笑い合う幻。
「...星が、きれいですね」
空を見上げながら呟いた。
いくつかの線が引いては消える、一瞬の瞬きを見逃さないように目を見開いた。
そうしていなければきっと、熱を持った両目から溢れ落ちてしまいそうだったから。
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