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三妖
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夢の中の痛みは神経を焼いた。
あやかしとの戦いによる怪我は日常茶飯事で、痛みには慣れていた。恐怖もこれまで何度も味わってきた。
それでも。
あのような拷問は耐えられない。
耳を削がれ、全身の皮膚を裂かれても、まだ死ねないのかと我が身を呪う。
実際、自分の死に顔を見たことで自分ではないと落ち着きを取り戻してはいられたが、あのような苦しみに一人で耐えられる筈がない。
あれ以上続けば狂ってしまったかもしれない。夢の中では身動きも取れず、ただ痛みに耐えるしかない。夢を見ている露理が目覚めなければ、自分も目を覚ますことは出来ないのだから。
目覚めてすぐに露理を探した。
あの言葉の意図していることだけは阻止しなければ。
「ーーー...手を、放して下さい」
震える声で助けを求める彼女に何を言ってやればいいのか。
名を呼んで、大丈夫だと伝えればいいのか。
「ーーーあなたの親切心が私を」
振り向いた顔が涙で濡れている。
当たり前だ、これほどの苦しみにずっと耐えてきたのだから。
「ーーー私をこれほどまでに苦しめるのです!」
責められても何も言い返す事がない。
殺してくれと何度言われたことか、その度にこいつの痛みを理解することなく反古にしてきた。世界の破滅なんて興味もない。
それでも、守るべきもののために、これほど苦しみ泣き叫んでいる彼女を犠牲にしているのだ。
刺された痛みなどなんの償いにもなりはしない。
それでも、露理は申し訳なさそうに包帯を巻く。罪悪感など感じる必要はないのに。
互いの傷の手当てが終わり、露理を抱き上げ部屋を出る。一歩出た途端に屋敷の異変に気がついたが遅かったようだ。
怪我をした者達の手当てをしながら事態の
収拾を図っていた疾風が報告に来る。
露理の部屋に彼女を下ろすとそのまま話を訊くことになった。
なぜなら。
「皆さん、ご苦労様でした。こんなに早く集まってくれて嬉しく思います。」
伏し目がちに庭先に向かって話すのは露理で、その面前には片膝ついて礼を正す三匹のあやかしがいた。
「姫様のお呼びとあらばこの栄呉例え地の果てでも喜んで馳せ参じましょう」
肩までの青い髪に金の目。濃紺色の衣に脇差し、青年の姿をしているが明らかに人外である証に額に一本の角があった。
「いやぁ、数はそれなりだったけどあんな雑魚俺一人でも十分でしたよ。人間弱すぎて笑っちゃいますって!」
パタパタと手の平で扇いでいる褐色肌のは胸当てに壊れた肩当てをつけ手には包帯を巻き付けた少年だ。額の両端に小さな突起があり、赤い長髪は蠍の尾のように長く、身長と同じくらいありそうだ。
「足軽」
二人の間に腰を下ろしている猫が少年を戒める。三毛猫だったが、尻尾は3つに分かれている。
「うっせぇ化け猫。可愛くねえぞ化け猫。前から思ってたけど使えねえぞ化け猫。」
「...。姫様、失礼」
一声ぽつりと呟くや否や小さな猫は毛を逆立て巨大な獣になり足軽に飛び付いた。
それをひょいとかわし、あかんべえをしながら右往左往猫の爪をかわす足軽は子供のように楽しげに猫をからかっている。
「だってそうだろ!姫様探して三千里、何百年かかってるんだよ、この役立たず!
ノロマ!」
「シャーッ!」
二人のやりとりを見つつ、傍らで静観している露理に尋ねる。
「知り合いか?」
「名はご存じでしょう。彼らも有名な名のある鬼ですから、猫はもともと母の飼い猫だったのです。母亡き後、ずっと私を探していたそうで」
先程起こった惨劇を微塵も感じさせずに言う彼女はやはりただ者ではないと思わされる。
あれほど子供のように泣いていたのに。
「そろそろ限界かと、私の居場所がわかればあやかしが群れるのは避けられませんから。」
以前、化け猫が現れた際の結芽を思い出す。
『化け猫は私がここにいることを言いふらすでしょう。それは困るのです』
そう言って別れを告げていた。
あれはこのような襲撃を危惧していたものだったようだ。想定内ではあったが、優に百を超えるあやかしの波を誰が予想出来たか。
「にしても、あやかしに助けられるとは紅月の」
「言うな疾風」
すぐ側に立っていた疾風が自分の顔に書いてあろうことを口に出してそれを遮る。
結果的に助かったのかもしれないが、この状況は納得しかねる。
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