6人が本棚に入れています
本棚に追加
何故か篠田さんに聞いて欲しくて、要らぬことまで話してしまった。
篠田さんはただ穏やかに。
「そうかあ」と言った。
それからしばらく二人で歩いた後に「えらかったね」と言った。
「偉いですか?留年したのに」
「こんな寒い日に補習に行くなんてえらいよ」
穏やかな声のその言葉は、お世辞や嘘じゃないとすんなり信じられた。
篠田さんの家の前まで行く。
「靴がびしょびしょで冷たい」
「本当だね」
篠田さんの家の庭は相変わらず緑にあふれていた。曇り空の下でいつより大人しそうに見えた。
「このお家、古いレコードとかありそう」
「父さんのがいっぱいあるよ。グレンミラーとか知ってる?」
「知らない」
「聞いてみる?」
ちょっと戸惑っていると、篠田さんは玄関のドアを開けて、修理したばかりの自転車を家の中に入れようとした。
「庭に出しとくとすぐ錆びちゃうから。こらフォーク、外に出ちゃ駄目だよ」
フォークが玄関から飛び出してくる。
僕はぬいぐるみのようなフォークを素早く捕まえた。ふわふわして綿あめみたい。思ったより軽い。
「ごめん。その子を中に入れてくれる?」
最初のコメントを投稿しよう!