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「……ミヤコさん……は、元気なの、か?」
先生は途端、窓へ向かい合うように俺へ背を向けた。
「ん、元気だよ」
自分の声だというのに、どこか他人が話したように聞こえた。
先生にはどう、この言葉が聞こえだろうか。
「……俺が社会人になるの待って、再婚する、って」
なにげなく伝えた途端、華奢な白衣の背中がびくっと微かに震えるのがわかった。
「――ミヤコさん、再婚……するのか。あれから何年だ? おめでとう」
感情の抑揚など一切見せない、ただ俺の言葉を上辺だけでなぞったような謝辞が、先生の口からこぼれる。
ひゅっ、と嗚咽のようなものが途中で混ざったのは気のせいではないだろう。
「……うん。俺も春から家を出るし、一人にさせるのは心配だから」
「そうか」
やっぱり抑揚のない声。
それから間もなくして、先生は顔をぐっと上げて、天を仰いだ。
遠くから「三月九日」の合唱が、春の風に乗って聴こえてくる。
ひくっと白衣の肩が小刻みに震えていた。
俺は先生のことがひどく心配になった。
いや、今この瞬間からじゃない。
もっと前から。
「先生」という職業ではなく、父の一番親しかった幼なじみとして、その存在を認識したときから。
「そろそろ卒業式、終わるんじゃねえのか? 最後くらい、ちゃんと式に参加しとけよ。まったく父親と同じだな、この不良生徒が」
本当にそういうところもヨージそっくりで腹立つ……なんて、必死でなにかを堪えながら喋る先生の後ろ姿が一段と頼りなく見えて、思わず俺は上履きも履かずにベッドから駆け出していた。
そうして背後から先生をぎゅっと強く抱き締める。
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