センセイ、××××

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「センセイ。俺は今日、学校を卒業したら生徒でもなんでもなくなります。だからもう、父ちゃんのことは忘れて、そろそろ俺のことを――」 風に乗って流れてくる歌詞に合わせ、腕の中の先生は時間差で「三月九日」のサビの歌詞一節を口ずさむ。 それからきゅっと唇を引き結んだ。 「……まだ、俺のまぶたの裏にはずっとヨージがいんだよ」 「でも父ちゃんはもう、」 「わかってるよ。わかってる……頭ではわかってんだよ……ちょうどこの歌がドラマの挿入歌として使われた頃、俺たちは今のお前より少しだけ年上で。俺は学生で、ヨージは社会人で。でも毎日一緒にいて、バカ騒ぎばかりして、本当に毎日が幸せだった。永遠に続くと思ってた」 アイツとの些細なことが、すべて楽しかった。 そう、父ちゃんは亡くなる前に昔を懐かしむように目を細めて話していた。 ――だから俺が死んだら、アイツを頼むな。 母ちゃんのことではなく、父ちゃんは、まだ幼い俺に先生のことを頼んで逝ったのだ。 「……ミヤコさんとデキ婚するって聞いたとき、ショックだった……けど、生き写しのようなお前を遺してくれて、日に日に大きくなっていくお前の姿に、再びヨージとの青春をやり直しているようで、嬉しかった」 父ちゃんが進行性の難病で、余命僅かだと知ったのは、俺がまだ五歳の頃だった。 だから俺の記憶のなかでは、日に日に弱っていく父ちゃんの姿しかもう、再生できない。 「いつの間にか、ヨージみたいに図体ばかりデカくなりやがって」 だからそんなふうに先生に言われてしまうと、正直戸惑いしかなかった。 けれど母ちゃんもことあるごとに最近、俺を見てひどく懐かしむような顔をしてみせるから、きっと俺は元気だったときの父ちゃんにとてつもなく似ているんだろう。 亡くなった相手がライバルで、しかも父親なんて……いや、そもそも生徒どころか親感覚で俺の成長を見届けてきたって伝えてくる、どう考えても不毛すぎる相手を好きなってしまった俺って……。
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