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窓からザワザワと騒がしい足音と話し声が聴こえる。
ふとレースのカーテン越しに視線を遠くへ向けると、渡り廊下に卒業生が出てくるのが見えた。
どうやら卒業式は終わったようだ。
いつの間にか吹奏楽部の退席の演奏「威風堂々」が始まっていて、結局俺は卒業式に参加しないまま、卒業を迎えたことになってしまった。
慌てて先生は俺を振り払って、学ランの胸をとん、と突く。
「え?」
華奢な先生と俺とでは体格の差が歴然としすぎて、先生からのひと突きくらいではびくともしなかったけれど、気持ちだけは大きく突き放されたような思いがして、後方へよろりとよろけた。
「最後くらい、ホームルーム顔だしてこいよ。もう会わないヤツらが大半なんだろ?」
「いや、でも、そしたら先生、帰っちゃうでしょ? そんなの俺、嫌だ。先生から返事、まだもらってないし……いや、違う。告白すら、最後までさせてもらえてないから!」
目を見開き、ひどく焦っている自覚があった。
離された距離を必死で詰めようとすると、今度は学ランの胸元をがしっと片手で掴まれた。
するとふいに胸元から、ぶちっ、と鈍い音がした。
「……へ?」
驚愕に目を瞬かせていると、先生が人差し指と親指でつまんだ薄汚れた金ボタンを、眼前へ見せつけた。
「だからほら、本命ボタンは俺がもらってやったから、安心して最後のお別れ行って来いっていうの!」
不貞腐れたように頬を膨らませた先生は、それでも幾分か目許を赤く染め、ふいと俺に背中を向けた。
その白衣の背中が、やけに緊張しているように見える。
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