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センセイ、××××
保健室の開け放たれた窓から、薄紅色の花びらが、はらはらと蝶のように迷い込んでくる。
目の前で気だるそうに腕を組んでいた男は、なんの変哲もないステンレス眼鏡のブリッジに落ちてきたそれを、鬱陶しそうにつまみあげて、網戸を閉めた。
「へえ、今どきの学生は卒業式に流行りの歌を唄うんだな」
指でつまんだ花弁を男は近くのアルミ製ゴミ箱へ几帳面に押しこめると、再び窓際へ戻り、腕を組みながら感心したように独りごつ。
「流行りの歌?」
カーテンを開けてベッドの上からきょとんと男を覗き見る俺に、「これだから平成の終わりに生まれたヤツは……」と何やら意味不明な言葉をつぶやき、ため息をつく。
「終わりじゃないよ、中頃? 俺、もうジュウハチだし。先生は昭和生まれだっけ?」
「そっか。お前は、ヨージがハタチ前のときにできたガキだもんな……」
こめかみを軽く押さえ、先生と呼ばれた男は白衣のポケットから電子タバコを一本取り出した。
数年前から校内は全面禁煙となり、喫煙者の教師はこっそり屋上の片隅でのみでしか吸えない、と話していたのは、たしか先生自身ではなかっただろうか。
「先生、校内禁煙だよ」
「はっ? うるせぇ。保健室は治外法権だ」
横柄な態度を見せながらも咥えたタバコをケースへ戻す。
「懐かしいな。昔、父ちゃんも同じ銘柄の、吸ってたよ。電子じゃなくて、オイルライターで火をつけるやつ」
なにげなく返した言葉に、視界の先へ映る先生の目許が少し赤らんでいて、ふと俺は妬心を覚えた。
自分の親、父親に対してだ。
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