ごきげん嬢の浮世見聞3:たこやきと失態

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「うーん……」  放課後。降車駅の入口で何か思案げに息を吐くごきげん嬢。 「どうされました?スーパーに寄っていかれるのでは?」  雨は既に上がっている。ここ暫くでは珍しくスッキリとした夕暮れ。  高校生男女の会話など誰も聞いてなどいないだろうが、ごきげん嬢はちらりと周囲を確認した後、 「今週は、少し趣味に割く時間が足りないかなと、そう思いまして」 少し言葉を選んでそう言った。ごきげん嬢の趣味とは人間観察、もとい、奇抜な行動をとる方に考えを巡らせる事である。  デバガメがし足りないようだ。確かに今週はどうにも日和が悪かった。  観察自体は雨でも止む事はないが、いかんせん人が減れば相対的にごきげん嬢のお眼鏡に敵うような変じ……奇矯な方も減る。  お天気だとお天気な人もお天気になり、妙ちきりんなルーティーンを良くこなす。雨だとごきげん嬢のフィールドワークも捗らない。 「雨も上がっていますし、少し歩けないかしら?」  ごきげん嬢は、視界が揺らぐ様な湿度の中、目の覚める様な観察対象をご所望だ。 「はい、あの……はい、直ちに…」  従者としては叶えて然るべきである。欲深い主を満たす事こそ誉れである。  しかしながら、低スペック男子の悲哀はいかばかりか、容姿、能力、精神面、考えうる全てが主に及ばぬ従者の惨めさ。従僕は従僕故に、かくもジレンマを抱えるものか。  どうにかごきげん嬢にゴキゲンな楽しみを提供して差し上げたい、お役に立ちたいものだが。  あわあわと、周囲を見渡していると、 ー っざけんなよテメェよぉ!! 響き渡る怒号。 ー そーゆーなぁ!客を安くみる態度がなぁ!おい!聞こえてんなら返事するんだろうがよぉ!  目を向けると、『金だこ』のカウンターで厳めしい体躯の男が店員に喚き散らしている。 「お客様、直ぐにご提供致しますので…」 「提供だぁ!?提供って何だおい!こっちは金払ってんだろうが!出してやってるって意味じゃねぇのかそれは!?やっぱりオマエ客を見下してんだろ!おい!」 「申し訳ございません、今、お出し致しますので」 「謝るってことは認めるって事だな!ふざけんだな!おい!今出てねぇだろ!今!出すっていうのは!今!たった今!出すって事だろうが!出てねぇだろ!待たせてんだろ!嘘ばっかついてんじゃねぇぞ!」  大分エキサイトしているようである。 「提供って、そうなんですか?」 「あの方にとってはそうなのではないかしら」 「ふむ。お嬢様、あちらの原因でも考察されてはいかがでしょう?中々に香ばしいかと存じますが」 「うーん。気乗りがしません」 「やはり騒々しいのは好まないので?」 「というより退屈だわ」 「退屈、ですか?」  ダメかな、とは思っていたが、まさか退屈とは。 「まぁ、アレで我慢します。ポピ郎君、タコ焼きを買って帰りましょう」  ごきげん嬢と共に『金だこ』の前のガードレールに陣取る。男は既に提供されたタコ焼きも受け取らず、店員に向かって未だ怒鳴り声を上げている。その様子を、本当に退屈そうに眺めているごきげん嬢。男と店員、それに僕達2人、周囲に他の人はいない。店内に監視カメラは設置されているだろうか?一応僕はスマートフォンでその様子を撮影する事にした。もう暫くすれば警察も到着するだろう。 「ポピ郎、さっき原因がどうと言っていたけれど、それはもうハッキリしているのではないかしら」 「といいますと?」 「没個性」 「没個性ですか?アレが?」 「はい。だからあんなに怒鳴り散らせるのだわ」 「んぅ、あれは個性的ではない?」 「自分の名前と住所が書かれた板でも首に掛けておけば、もう少し静かなのではないかしら」 「ああ、そういう意味ですか。直接的な原因ではなく」 「同じ事でしょう?他人と違う、というのが個性です。あの方は自他の境界が曖昧だから、自分が気に入らない事は皆気に入らないと思っていて、それをしてくるって事は、自分に敵意があると、そう感じてしまう」 「それほど複雑でしょうか?もっと単純なのでは」 「さあ、中年男性の気持ちなど、私には理解の及ぶところではないけれど。いずれにしろ、それは余り楽しくないアイデアね。これ以上私を退屈にしないで頂戴」  ふぁーあ、と、アクビすらはじめるごきげん嬢。  あえてややこしく考えて、欲求を紛らわせているようだ。  しかし、個性か… 「没個性といえば、制服なんてその極みでしょうか?しかし僕はお店の方に高圧的な態度をとったりなどしませんが」 「ふん?個性的な服装があるだけで、服装は個性ではないと思うわ。というか、少し分かりにくいのだけれど、なんで制服?」 「え?あ、えっと、個性的な格好をしても許される高校は少ないかと…」 「つまりポピ郎は制服は個性的ではないと考えているの?」 「へ?え、えっと……僕というか、せ、世間では没個性の代表の様に扱われているように感じますが」 「世界で1000人くらいしか着る事が許されていない服装は、個性的ではないの?」 「……お、おそれいります」  ごきげん嬢は、僕に対してのみ高圧的である。あ、いや、口調は淡々としているのだが、叱られているようでバツが悪い。 「制服着てて、あと顔が分かれば、大体身元は割れるのじゃないの?みんなスカート短くしてたり、着崩していたり、わざわざ特徴をつくって十分に個性的だと思うわ。服装で言うならスーツなんて、別に統一されたりはしていないけれど何億人と着ているし、余りだらしない着方をしている人は少ないと思うの。ポピ郎はドレスコードを没個性と詰る手合いかしら?」 「も、申し訳も…」  すっかり恐縮してしまった僕に、ちらりと目を向け「貴方は個性的ね」と、ごきげん嬢は追撃を放つ。 「没個性の代表とやらを着込んでも、ダメさが全然隠せていないもの。ダメダメね」  話題が僕である辺り、どうやら本当に退屈なようだ。ご機嫌麗くないごきげん嬢はひとつ、ため息を吐く。 「うーん……ポピ郎、やはり少し退屈だわ。私はありふれた大衆を眺めたい訳ではないの」 「お嬢様…」  少しお声が大きいのでは、と、ごきげん嬢を見た僕は戦慄する。  お嬢様は、ニコニコしていた。  慌てて、振り返ると、 「おいガキ。テメェ今オレを撮ってただろ?」  しまった。完全にごきげん嬢に見惚れていた。
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